先週木曜日に観た”落下の解剖学(原題:Anatomie d'une chute)”は、ミステリーとかスリラーに分類されているけど、実際にはまったく違った内容だった。
とにかく時間はあっという間で久しぶりに面白い映画を観てしまいました。
内容の考察もしたいところですが、完全ネタバレになるので、内容紹介に留めます。
クリアな事実
この映画、はっきりしていることといえば「山荘の窓から男が転落して死んだ」という事実のみ。
死んだのは、その家のサミュエルという夫であり父親だった。
山荘の窓といっても、屋根裏の窓なのか実際にはバルコニーだったのか、その辺もちょっと曖昧で、彼が住む家のどこかから落ちて死んだという以外にはっきりとした事実はない。
これは事故なのか、自殺なのか、殺人なのか。
実際、誰かと争った形跡もなく、ベストセラー作家である妻サンドラのインタビューに来ていた女子学生を除けば、その日訪ねてきた者はいない。その学生も”ある理由”でインタビューを繰り上げて早々に帰ってしまっていた。
第一発見者の息子ダニエルは、父親が落下したであろう時はちょうど犬の散歩に出ていて家にはおらず、サンドラは昼寝をしていたと主張して、結局、サミュエルが落ちたところを見た者はいなかった。
そんな現場だから、普通なら事故とされてもいいようなものだが、現場検証の際に証言を変えた視覚障害を持つ息子の話が疑わしいと思われ、その後いくつも出てくる状況証拠では、妻のサンドラが限りなく怪しい存在だということが分かってくる。
しかし、それはそれで「サンドラってこういう人かも」というだけで、だから夫を殺したということにはならないはずだが、検察はサンドラを夫殺しの殺人容疑で起訴してしまう。
ここから怒涛の裁判劇(ちょっとネタバレ)
サンドラを起訴したはいいが、検察が話す内容はどれもこれも「こういうことだからこういえるかも」という主観のみ。
例えば、当日サンドラのインタビューに来ていた女子学生が途中で切り上げて帰ってしまった理由は、上の階にいたサミュエルが普通じゃないくらいの大音量で音楽をかけ始めて、まともに会話が成り立たなくなり、サンドラが「〇日にどこどこに行くからその時電話する。続きはその時で」みたいに言って、これ以上続けられないと判断したからだった。
その時点では、サンドラの夫は音楽関係の仕事でもしているのかと思って、そのせいでそんな大音量で音楽を掛けても「来客中だから静かにして」みたいなのがなかったのだと解釈していたら、話が進むにつれ、サミュエルは音楽関係でもなんでもなく学校の先生であることがわかり、「なんで?」となったのだが、裁判で検察がサンドラの浮気癖を暴露し、しかも彼女はバイセクシャルで浮気相手が女性の場合もあり、女性の来客に嫉妬してそんなことをしたのではないか・・・というのが検察の主張だった。
一家はもともとロンドンに住んでいたが、息子の事故をきっかけに夫の生まれ故郷であるフランスのこの地に越してきた。サミュエルはもともと妻と同じ作家志望だったが、息子の目に障害を負わせたのは、自分に責任があると思っており、また当時夫が傍にいながら息子の目に障害を負わせるような事故に遭わせたことを妻からも激しく責められたことで、息子に対して罪悪感を持ち、この山荘を改装して人を泊めるようなロッジにして収入を得ようと考えていたが、その改装がまったく進まず生活はやりたくもない教師の仕事と妻の収入で支えられていた。
しかし、作家として生きることを諦められず、色々とアイデアを書き溜めたり、家族のことを題材にしようと家族の会話などを録音していた。
最初は妻の承諾を得たところを録音していたが、次第に隠れて録音をするようにもなり、裁判では夫婦喧嘩の録音が公開され、お互いの不満をぶつけあうところがさらけだされた。この他にも検察はサミュエルとサンドラの夫婦仲について延々と持論を述べるが、一方で「そんな言い争いは夫婦であればよくあること」という弁護側の主張もうなずけるところがある。
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とまぁ、こんな感じで、「絶対こいつが犯人や!」という検察側と「夫婦喧嘩なんて誰でもするやろ、そんな状況証拠だけで犯人扱いすな!」という弁護側との攻防も面白いのですが、日本の裁判と違って、被告も何か言いたいことがあるとわりと自由に発言することができるのに驚きました。
『えっ、こんなところで喋っちゃうんだ』
みたいな感じ。
ここに書いていない理由もあり、状況証拠だけとはいえ、確かにこいつ真っ黒やなって感じで「やったんとちゃうか?」って思ってしまうのですが、最後は果たしてどうなったでしょうか。
面白いのは、結局この映画の中に提示される内容で「事実(実際にあったこと)」は、どんなに話が進んだとしても、サミュエルが落ちて死んだということだけなんですよ。
なのにまったく飽きることなく最後まで観ることができました。
最後に追加するといえば、一番の鍵は最後の最後に再び証言した息子の証言内容ですね。内容というより、なぜこの話をしたのか・・・。
ここ、結構深く考えましたね。
でも、わかりません。
事実はひとつ、では真実は?という映画でした。
評価:★★★★☆
好き嫌いは分かれそうですが、脚本が秀逸でした。
賞を取ったとか知らずに観に行きましたけど、納得です。
まだやっていると思いますので、ぜひご覧ください。
邦題は落下の解剖学ですが、英語名は「Anatomy of a Fall」で実際には落下(転倒)の解剖といった方がいいようです。
日本語だとゴロが悪いから学をつけたんでしょうね。