※今回は、おもいっきりネタバレ注意とマレーシアという宗教国家に言及した内容となっているため、長文となります。また一部に過激な表現があり閲覧注意です。
強烈なニオイを放つ死体花
2022年マレーシアで公開された「血を吸うスマトラオオコンニャク」。
先月、カワンさんと渋谷の映画館で鑑賞してきました。
4年後に日本公開というのもすごいですね(笑)
渋谷のヒューマントラストって、「この設備で同じ金額取るんかい!」ってくらいショボい映画館なのですが、そこでしかやっていなかったので仕方なく鑑賞。
内容的には大きな画面で観たかった~という映画でした。
さて、この映画の「血を吸うスマトラオオコンニャク」って、なんとも変な題名ですが、実際のタイトルは「HARUM MALAM」(ハラムマラム)で、「夜の芳香」 や 「夜に香る」 という意味があります。
スマトラオオコンニャクは、強烈なニオイを発することで有名で、その悪臭から英語では、Corps Flower(死体花)という名前も持っています。
スマトラオオコンニャクは、和名をショクダイオオコンニャクといって、花の形が、大きなろうそくを立てる「燭台(しょくだい)」に似ていることから名付けられました。
数年に1回しか咲かない希少な花ですが、実は日本の食卓に並ぶ「こんにゃく」と同じサトイモ科コンニャク属の仲間になります。
マレー系国民に信教の自由はない
スマトラオオコンニャクは、インドネシアのスマトラ島が原産地ですが、映画の舞台はマレーシア。
マレーシアは、マレー系(6割強)、中華系(2割)、インド系(1割未満)の民族が暮らす多民族国家で、マレー系は100%イスラム教徒です。
マレーシアは国教をイスラム教としていますので、マレー系の国民は、生まれながらにイスラム教徒になります。ただし、他の民族の信教の自由は認められていて、中華系やインド系の国民は、その宗教の祝日などをお祝いしたり、マレー系の人以外が豚肉を食べることを禁止などはしていません。
ただし、マレー系の人には信教の自由はなく、マレーシアに生まれたマレー系の人は、憲法で生まれながらにイスラム教徒である旨が書かれているため、イスラム教徒から他宗教へ改宗などは認められていません。国が発行するIDにもイスラム教徒と記載されます。以前、キリスト教徒の男性と結婚したかったリナ・ジョイという女性が改宗しようとしましたが、一般の裁判所は「宗教には口出しできない」として訴えを退け、当然シャリア法(イスラム法)によって彼女の改宗は認められずに、合法的に結婚することはできませんでした。彼女とキリスト教徒の婚約者がマレーシアに留まれば、宗教警察に拘束されて「更生施設」へ送られるか、過激派に命を狙われる危険が極めて高い状態でした。
子供が生まれても取り上げられ、マレー系の親族に預けられてしまう可能性がありました。マレー系社会において、イスラム教を捨てることは家族や親族全体の「恥」とされるため、勘当されたり、コミュニティから完全に排除されたりします。
その後、リナ・ジョイと婚約者は世間の激しいバッシングや殺害予告などの脅迫があり、弁護士や支援者などの助言もあり、ふたりはオーストラリアに亡命しました。
マレーシアのイスラム教について、なんとなくゆるいイメージを持っている人もいるかもしれませんが、現実は自由を求める人にとっては、中東のイスラム過激派とそう変わりません。お隣のインドネシアは、イスラム教徒が多数の国家ではありますが、改宗も認められており、そこまで過激なところはありません。ただし、無宗教や無信仰は認められず、異教徒と結婚する場合は、どちからかが改宗して同じ宗教にならないとダメという窮屈な法律はあるようです。
マレーシアとインドネシアって、宗教の分布や言語も似ているし共通点も多いのに犬猿の仲と言われるほど仲が良くないのは、歴史的な歩みの違いもありますが、大きな原因は、この宗教に対する考え方の違いもあるのかも知れないですね。
美しきイスラム国家の表と裏
そんなマレーシアを舞台にしたこの映画は、イスラム教徒の悪魔祓い一家が中心となって話が進みます。イスラム教に悪魔祓いなんているんだとびっくりしたのですが、イスラムの聖典「クルアーン(コーラン)」にもJINN(ジン)と呼ばれる霊が存在し、このジンが人間に取り憑くことで、精神病のような症状が出たり、体が勝手に動いたりすると信じられています。ちなみにイスラム教では、悪魔祓いのことを「ルキヤ(Ruqyah)」と呼びます。キリストの悪魔祓いと違い聖水や十字架のような道具はなく、クルアーンの特定の聖句をひたすら大声で朗読します。神(アッラー)の言葉の力によって、体内の悪霊を苦しめて追い出すのです。
マレーシアには、ボモ(Bomoh)と呼ばれる伝統的な呪術医・霊能力者がいます。イスラム教とシャーマニズム(民間信仰)が合体したような呪術によって病気を治したりする存在で、マレーシア政府(特にイスラム開発局:JAKIM)は、土着のシャーマニズムや黒魔術を行う「ボモ」を公式には「異端(ハラム)」として禁止・取り締まりの対象にしています。しかし、イスラム教に則って正規の治療師(ウスタズ)がコーランを用いて行う場合、その所属団体である「ルキヤ(Ruqyah)の専門医療機関(Darussyifaなど)」などは政府が正式に認定証(ID)を発行しており、ノーマンの職業はこのルキヤにあたります。
病気かなと思ったら、普通は病院に行きますが、マレーシアの人々は、病院の前にこのルキヤに診てもらうというのも普通のことのようです。
映画は、ノーマン一家がある邸宅に悪魔祓いに行くところから始まります。
母親ディナ(Dina)は、強力な悪魔祓いの能力があり、祈祷師・除霊師(伝統的な治療師)でもある父親のノーマン(Norman)と長男のイクバル(Iqbal)=実質的な主人公、そして長女(イクバルの妹)ヤヤ(役名:イリヤ / Ilya)と暮らしていますが、この邸宅の家族から依頼された悪魔祓いで、その悪霊があまりにも強烈だったために命を落としてしまいます。
あまりにもあっさり死んでしまったので、最初から「なんだこれ」という感じでしたが、デイン・サイード(Dain Said)監督によれば、この映画は単に「お化けが出てくるホラー」を作りたかったのではなく、「現代のマレーシアのワーキングクラス(労働者階級)の家庭に実際に存在する、近親相姦や精神的ダメージ、恐怖、喪失、そして他人に言えない深い秘密(闇)」 をホラーという形で浮き彫りにしたかったと何かのインタビューで語っています。この監督、自作で結構祖国マレーシアの闇を描いている勇気ある人のようです。
ノーマン一家は、典型的な労働者階級で、さまざまな労働者階級の人々が暮らす団地に住んでいます。イスラム教の敬虔な信徒で、職業もイスラム教をベースにした生活をしており、典型的なマレー国民です。同じ団地には、この映画の悪役であるジャミル(Jamil)一家が住んでいるのですが、マレーシアの民族的背景を知ってからこの映画の構成を思い出すと、ジャミルの母親は中華系で道教かそれに仏教の混じった民間信仰の信者でイスラム教徒ではありません。そのまま見ればジャミルはマレー系と中華系の混血となるわけですが、前述の通り、他宗教の信徒同士で結婚することは許されていないので、この家族構成はマレー国家としては極めて異質となります。
これは、まさに監督が描きたかった美しきイスラム国家マレーシアの闇の部分にあたります。前述のリナ・ジョイの事件は、イスラム国家にある意味真正面から「信教の自由を認めて」と訴えて玉砕した例ですが、実際にこういうカップルはいないわけではなく、実際には外国に出て結婚し、秘密裏に戻ってきて生活している人たちは結構いるのだそうです。
ジャミルの罪
この映画の惨劇の元凶であるジャミルは、団地の一室を別途借りて温室として海外の珍しい植物を育てて販売するという仕事をしています。
タイに買い付けに行くためにノーマンに植物の世話と部屋の奥に置かれているスマトラオオコンニャクがもうすぐ咲きそうなので、写真を撮ってくれるよう依頼します。
良いバイトだと喜んで引き受けるノーマンですが、その部屋の奥にあるもう一つの部屋のドアに何かのお札が貼ってあることに気づきます。
ジャミルはなんでもないから、この部屋には絶対入るなと言って旅立っていきます。
ノーマンは大人ですから、あまり深入りせずに放置しますが、この部屋はジャミルの邪悪な行為を象徴する部屋で、このお札によって”ある存在”が封印されていたのです。
ジャミルには、殺されたか家出したのか妻という存在が最初からありません。彼にはふたりの娘がいるのですが、あろうことか長女に手を出して妊娠させてしまいます。妻という存在が不在で代わりにしたのか、そういう性癖があったのかは不明ですが、父親の犠牲になった長女は、病院にも連れて行かれずいよいよ臨月となって生まれそうになります。苦しむ孫娘を見て病院に連れて行ってと必死に頼む母親ポポを横目に「そんなことをしたら俺はどうなるんだ」と自分の保身のためにナタで長女を切り殺し、胎児を引っ張り出してその部屋の壁に埋めてしまいます。
殺した長女はバラバラにして、巨大なスマトラオオコンニャクの鉢に埋めてしまいました。世間には「長女は家出して帰ってこない」と自ら吹聴していたのです。
このことがあってからジャミルの母親(娘たちの祖母)は、次は自分が殺されるのではないかと恐怖におびえ、ジャミルに支配されていきます。
また、ジャミルの弟であり、団地の自室で「イスラムの呪術やオカルト(黒魔術)の道具」を怪しく扱っていた、地元のボモ(非公認の呪術師)のような男、娘たちの叔父であるラヒム(Rahim)がこの犯罪に手を貸してしまいます。呪術を使って霊をあの部屋に封印したのは、このラヒムおじさんでした。
Ah Boyの意味
ジャミルの次女ノラは、ジャミルや祖母、そして団地の住人たちから”Ah Boy(ア・ボーイ)”と呼ばれています。これは次女までも手を出してしまうのではというジャミルの邪悪な心とノラを守らなければという祖母が、ラヒムおじさんの呪術による『胎児の封印』と同調するように、『この子は男の子だ』として男装させて育て、世間もうすうす女の子だと知ってはいたものの、そこは人の教育方針に口を出さないという暗黙の了解とジャミルへのなんとなくの恐怖心で、みんなが「坊や」みたいなスラングであるAh Boy(ア・ボーイ)と呼んでいました。
主人公といいつつ、なかなか出てきませんでした(笑)が、実質この映画の主人公であるノーマン家の長男イクバルは、Ah Boyが女性でノラというのが本名であるのを知っているため、ついノラと呼びかけておばあちゃんに叱られたりしていました。
幼かったノラは、姉が父親に殺されたなどとは思いもよらず、いなくなってしまったお姉ちゃんの存在を気にかけていました。
自分が男の子として育てられているのも、一家に男の子がいないというジャミルの男尊女卑の思想と、おばあちゃんの彼女への扱いもあり、仕方なく受けいれていました。
しかし、精神的にあまり強くないため、不登校気味でみんなから心配されている存在でもありました。
イクバルの霊能力の封印
母親が目の前で悪霊に殺されるという強烈な体験をしたイクバル。
実は、母親に似た強い霊能力の持ち主でもありました。
母親の死後、徐々にその能力が開花していくのですが、悲惨な姿の霊の目撃や不思議な体験も増えていき、変わり果てた母親の霊(実は悪霊が騙していた)を見て、まだ自分の力を十分にコントロールできないイクバルは苦しむことになります。そのことを心配した父親がイスラムの導師に「普通の子として育てたい。イクバルの力を封印して欲しい」と懇願し、イクバルが望んでいたわけではないのにその力を封印するまじないをしてもらい、イクバルの悪霊に対する力を封じ込めてしまいました。
ノーマンとしては、愛する妻が悪霊に殺されてしまったため、不穏なことが起きている現状に大事な長男であるイクバルまで悪霊の犠牲になることを心配したのでしょう。
親としては当然の心情だと思います。
しかし、このことがこの後のイクバルの命を脅かすことになっていくのです。
悪霊の封印を解く
少し時間を戻して、イクバルの力を封印する原因となった”事件”ですが、いたずらな子供たちが悪霊を世に放ってしまったために、関連する人たちが次々に殺されていきます。
ジャミルが海外に出張に出た後、ノーマンがせっせと植物の世話をして、イクバルにもそのことを話していました。
それを知ったイクバルの友達は、前から気になっていたその部屋に忍び込むことにして、イクバルに鍵を持ってくることを頼み、ノーマンの不在時に温室部屋に忍び込むことにしたのです。
イクバル、幼い妹のヤヤ、ノラ(Ah Boy)、いたずら好きなアリ、そしてボブの5人でその部屋に入ります。アリは典型的ないたずら坊主で、お札の部屋を見つけた時、それには触らない方がいいという制止を振り切って、お札を剥がして踏んづけるという暴挙に出ます。そこで鍵がたくさんかかっていたドアがバン!と開くのですが、中にはなにもなく、部屋の奥の壁には不気味なシミがあるだけでした。
不気味な雰囲気を感じながらも、拍子抜けした子供たちは部屋を後にします。
しかし、この暴挙がこの後のとんでもない展開を招いてしまうのです。
蘇る怨霊
お札がはがされてしまったことで、封印されていた怨霊が世に放たれてしまい、人間の心をなくし、恨みの念だけになったノラの姉は、バラバラになって埋められた土の成分を吸って、木の化け物のような見た目になっていました。
壁に埋められた胎児の恨みの念と悪霊と化した姉の魂が、次々と人を襲っていきます。
まず最初に犠牲になったのは、面白がってお札を剥がして踏んづけたアリでした。
日本人的に考えると、自分を殺したジャミルやそれに加担した祖母に復讐したかったわけですから、封印を解いてくれたアリを殺してしまうのは違うような気がしますが、ここが日本の「うらめしや伊右衛門様~」という、憎い相手を特定して呪うというのと違って、生きている人間すべてに対する凄まじい嫉妬と憎悪のモンスター(悪意の塊)に変わってしまった姉には、自分に関わった人間は、誰かれ構わず復讐の対象になってしまったのです。
しかも、東南アジアホラーでは、禁忌の場所を汚した人間には、等しく最悪の呪いと罰が下るというルールがあり、お札という神聖なものを剥がして踏みつけたアリは、罰を与える対象でもあったのです。
お札が剥がれたことで、温室からアパート中に禍々しい呪いのエネルギー(悪霊ハントゥ・ラヤ)が飛び散り、温室に行ったアリが無残に殺され、そのエネルギーは、次に自分が殺されるのを感じていた祖母(ポポ)に向かいます。
ポポは、ジャミルが孫を殺して以来、「すべてが呪われる」と常に恐怖におびえて祈りをささげていました。悪霊のエネルギーは、そのおびえる心に入り込んで魂を乗っ取り、ポポをベランダから飛び降りさせて殺しました。
イクバルは、その光景を目撃しますが、その霊力によってポポの後ろに木の化け物を視たのでした。
そして、次々に温室にいた子供たちも呪いの標的となります。一緒にいたボブは悪霊に身体を乗っ取られてゾンビ化し、アパート中を暴れ回った末に命を落とします。最後に、悪霊は自分の妹ノラにも憑依し、導師によって力を封印されたイクバルも一緒に殺そうと試みます。
力を封印されたとはいえ、イクバルはもともと母親譲りの霊力の持ち主だったため、最後は封印を解いて、冥界の母の魂に助けられ、悪霊に打ち勝ったのです。
自業自得・因果応報
そんな悲惨なことが起こっているとはつゆ知らず、ジャミルはタイの出張から戻ります。温室奥の部屋に誘い入れられ、自分が犯した罪の通りの凄惨な因果応報によって絶命します。
これぞ因果応報ってやつですね。
さて、こうやって関係者は次々に殺されてしまったわけですが、前述の通り、マレーシアは非常に厳格なイスラム国家です。
それなのになぜこんな映画を撮ることができたのでしょうか。
実を言うと、マレーシアでは本来こんな内容の映画を許されることはないのですが、上映禁止になるくらいならと、監督は危険視されそうなシーンなどを音声なしにしたり、ギリギリのところまで見せたりと工夫し、なんとか上映が叶ったのだそうです。
私たちは日本人ですから、全部観られたわけですが、表現の自由というのは、侵してはいけない領域ですね。
もう少し突っ込んだ考察をすると、前述の通り、マレーシアでは憲法上、マレー系民族は自動的にイスラム教徒(ムスリム)となり、他の宗教を選ぶ自由が実質的にありません。通常の法律とは別に、イスラム教に則った法律(シャリア法)があり、同性愛行為などでむち打ち刑になるような厳しい制度となっています。
そんな国において、ジャミルが犯した「近親相姦」「実の娘の殺害」、そしてイスラムで最も忌み嫌われる「土着の生贄オカルト(死体花に死体を埋める)」という行為は、単なる異常犯罪の枠を超えた「国家と宗教のすべてのタブーを踏みにじった最悪の背教行為」です。
一見すると「説明不足ではちゃめちゃなゾンビ植物ホラー」ですが、その背景には、厳格なイスラム社会の裏側に潜む「閉ざされた家庭のドロドロした闇」や、中国系のおばあちゃん(ポポ)がマレー系の家に同居することで起きる「多民族・多宗教の歪み」が、役者のキャスティング(混血ルーツを持つ役者の起用など)も含めて見事に落とし込まれています。
実をいうとこの映画、こういう日本人には通常知り得ない国としての裏をわかる人にだけわかる感じで描かれているので、映画を観ただけでは、出来損ないのホラー映画にしか観えず、私も観た当初は「いったいこれは何を言いたかったんだろうか」と頭の上が疑問符で埋め尽くされました。
でも、こうやって監督の制作意図を知り、マレーシアの国家と宗教を知ると、なかなかに興味深いテーマを持った映画だということがわかりました。
自分で調べたこの背景を頭に入れて、また観たらきっと感じ方も違うのかなと思いました。

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