誰かが来ることは特に聞いていなかったので、いったい誰?と3人でその場に突っ立たままじっとしていると、1階のシャッターが外から開きました。
入ってきたトラックには、仕事の依頼主の担当者Wさんと作業服を来た人が数人乗っていました。
「あら?Wさん」
するとWさんは窓から顔を出し、「こまりんさん、大丈夫ですか?」と聞いてきました。
何をもって大丈夫と聞いているのかはわかりませんでしたけど、以前お祓いした人が黒焦げになったことは知っているのかも知れないので、「もうー酷い目に遭ってますよー!Wさんは、どうしたんですか?」と叫びました。
「1階の廃棄物を取りに来たんですよ。上司が言うには奥の階段室に置いてあるっていうんで」
「そうですか。鍵は管理人さんから預かってますから」
下りてきたWさんは鍵を受け取ると作業員と一緒に階段室に向かいました。
人数が増えて、心強くはなりましたけど、少し前までの出来事で相当消耗していたので、階段室の1階はまだ見ていなかったので、一緒に着いてはいきましたが、ちょっと遠くで見ていることにしました。
Wさんは特に何も感じないようで、鍵を外して鎖をほどくまでは、作業員とテキパキ進めていたのですが、いざ扉を開ける段になると、「なんだか不気味な感じがするなぁ」と言ったのです。
何も見えない人もそう思うのですから、ましてや私たちなんて・・・。
いえ、以前は私一人だったのですが、事務所の男性2人もずっと行動を共にすることで見えるようになってしまったというのが本当のところなのですが・・・。
とにかく、私たち3人はもう懲りていたんです。
扉が開いて中が見えたので、少し乗り出して中を覗くと、意外にも物は置いておらず、ガランとしていたのです。
5階の出来事があったので、なんだか拍子抜けしてしまいました。
「これなんだ?」
Wさんがいぶかしげに言ったので、少し近づいて彼の視線の先を見ると、業務用の特大サイズの蓋付きポリバケツが5個並んで置いてありました。
『なにこれ?』
嫌な予感がしましたが、Wさんは構わずに「おい、これ処分しちゃってよ」と一緒に来ていた作業員たちに声を掛けました。
作業員はそれを見ると「これ、中はなんですかね?今、処分するにもうるさいんで、確認していいですか?」と聞いてきました。
「いいよー」
Wさんが軽く返事をしたので、作業員はポリバケツの蓋を開けました。
「ウゲッ!!何だよコレ!!」
「ゲッ!みんなこっち見てんじゃね?」
中を見た作業員たちは、口々に驚いた声を発しました。
近づいてみると、なんとポリバケツの中は全部マネキンの頭が入っていたのです。
すべて、蓋を開けたこちら側に顔を向けて、私たちをにらんでいるようでした。
「すっげーな」
いつの間にか横にいたAも思わずそうつぶやきました。
確かに、この異様な光景もすごかったのですが、その時の私はもっと気になっていたことがあります。
それは「足音」。
カツーン。
カツーン。
と、まるでハイヒールを履いた誰かが、階段を下りてくる音が聞こえていたのです。
その音はだんだんと近づいてきて、もうすぐそこまで迫っているように聞こえました。
騒いでいた作業員でしたが、とにかく運び出さなくてはと2人で1つのポリバケツを持ちあげて運びだそうとした時、中の頭だけのマネキンの口が作業員の服の袖に絡まって、腕にマネキンの頭がぶら下がりました。
「うわぁ~!なんだよ、離れろよ!!」
驚いた作業員が腕を振って落とそうとしましたが、まったく取れる気配もなかったので、とっさにまた水を掛けて祓い、「作業は中止してください!ここは閉めます」と言って全員を外に出しました。
扉をしっかりと閉め、中からガタガタいう音が聞こえてきましたが、無視してその場を離れました。
「これ、どうしよう」
作業員のうわずった声に振り向くと、さっき払ったマネキンの頭はドアの外に落ちていて、こちらをじっと睨んでいました。
「これはお祓いが先だな・・・」
Wさんはそう言って、携帯を取り出すとどこかに電話を掛けました。
『邪魔ばっかり・・・』
どこからともなく、女の声が私の耳に入りました。
スタッフ2人もこちらを見ていたので、その声が聞こえたようです。
「痛っ!!」
いきなり左足に激痛が走り、驚いて見ると、底の厚い靴を貫通し大きな古い釘が刺さっていたのです。
「だっ、大丈夫っすか?!」
「いったい何を踏んだんですか?」
「分からないわよ。そんなに出っ張ったものなんてないし、あったら気を付けてたはずだし・・・」
靴の中があっという間に血だらけになり、とっさに当てたタオルが真っ赤に染まっていきました。
その間にも足の甲全体がジンジンと痛みだしてきました。
「痛った~~~!!」
あまりの痛さに叫ぶと、『ふふ・・・・・ふっふふふ・・・・んふふふふ・・・・ふっふ~ん』と楽しそうな声が聞こえ、その声の方を向くと、さきほど転がったマネキンの頭部から出ているのがわかりました。
そして、その顔は楽しそうに笑っています。
口元がゆがみ、その口から『ふふふ・・・』と楽しげな笑い声がなおも聞こえてきたのです。
それは、私たちだけではなく、その場にいた全員が耳にしました。
「とにかく離れましょう」
そういって、全員を出入り口近くに誘導しました。
作業員3人は、顔を見合わせ「あの頭・・・怪我したら楽しそうに笑ってましたよ」「笑い声、確かに聞こえたよな」「すっげー楽しそうに痛がってるの見てたし」と口々に話していました。
結局、この日の調査は続行不可能ということで、打ち切りになりました。
管理人からあんなことを聞いてしまったので、帰りの車は慎重に運転するよう話し、廃墟のような倉庫を後にしました。
来る時は、周囲の状況など気にせずにいたのですが、ゆっくりと走る車窓から外を見ると、道路を挟んで潰れたコンビニが見え、その後ろには誰も住んでいないと思われる朽ち果てた5階建のマンションが3棟あり、問題の倉庫周辺は住宅地のようでしたが廃屋しか並んでいませんでした。
これでは、悪い霊を呼び込んでしまっても無理はありません。
こんな環境だったため、人型の入りやすいマネキンが放置されたことで、悪い霊が入ってしまったのは必然だったのでしょう。
あれから時間は経っていますが、足はまだジンジンと痛みます。