私の一族は、兄を含め強烈な霊能力のある人もいれば、感じる程度の人間もいます。
ただ、何かしらの能力はあるため、そういうところに引き寄せられやすいのが困ったところです。
以前、私のいとこの娘は、「暑い・・・」という女性の声に導かれて行ってみると、腐乱死体がそこに・・・なんて体験をしたことがあります。
今日のお話は、そのいとこの20代の娘の話です。
転勤に伴って関東に越してきた彼女、仮にRとします。
ちゃんと生活してるのかしら、だって私の親族だし何もないとも思えず・・・なんて心配していたのですが、本人からのメールではいたって新しい環境を楽しんでいる様子でした。
ところが、引っ越してから2週間が過ぎた頃、その前とは打って変わった感じで、彼女からこんなメールが入ったのです。
「ちょっと見に来て!やっぱりヘン!!」
『あら、来た。どうしたのかしら』
「何が変なの?」
そう返信すると、「大家さんから住むにあたってのアドバイスっていうのがあって、それがめっちゃ変なの。一応守ってるけど、これでいいのかどうなのか。事故物件じゃないのはわかるんだけど、これって一体何なの?!」という返事が返ってきました。
仕方ない、行ってやるか。
Rが住んでいるのは、ある沿線の住宅地にある2階建てのアパートでした。
駅からも徒歩10分程度で、近くにドラッグストアやコンビニもあり、大きなスーパーもあるようなにぎやかなところで、通勤に使う道路も比較的人通りが多くて、一人暮らしの若い女性でも安心できる条件が揃っていました。
その日は、鍋パーティーをしましょうと駅で待ち合わせをし、近くのスーパーで買い物をしました。
若い女性の一人暮らしですから、野菜や何かを余分に買って、良い親戚のおばちゃんをしてみたりして。
そして、アパートに到着したのは夕方の薄暗くなった時間帯で、「なんか暗くなるのも早くなったねぇ」なんて話しながら歩いていると、Rが「おばちゃん、あれが私のアパート!」そう言って指をさしました。
その方角を見ると、特に問題がありそうに見えない普通の綺麗なアパートが建っていました。
彼女の部屋は2階の奥の角部屋とのことで、ふたりで階段を上がったのですが、上がりきって外の通路に足を掛けた時、当の奥の部屋に女性が入っていくのが見えました。
『あれ?』
自分の認識が間違っていたのかと思っていたら、Rはその奥の部屋のドアにカギを差し込みました。
「Rちゃん一人暮らしじゃないの?誰かとシェアしてるの?」
そう聞いた私にRは変な顔をして、「他人と一緒になんて住めないよ、気を遣うの嫌だし。無理無理!」といいながら入りました。
「お邪魔します」
部屋に上がった私が怪訝な顔をしていたからか、Rは「あっ!おばちゃん、何か見えたでしょ!ねぇ何?何?」というので、「い・・・いやぁ、気のせいだと思う」その時はそう言ってごまかしました。
部屋は少し大きめのワンルームですが、キッチン、洗面、お風呂、トイレがすべて独立していて、若い人なら夫婦でも住めそうでした。
さらにその部屋にはロフトがあり、4畳くらいの広さがありました。
Rはそこを寝室にしているらしく、その部屋に泊まっていくことになっていたのですが、Rから「おばちゃんも一緒にロフトで寝てね」と言われたのです。
別に姪っ子みたいなものだからいいのですが、何も部屋があるのに狭いロフトでふたりで寝ることもないだろうに・・・そんな風に思っていました。
その日は鍋パ。
たくさんの野菜とRの好きな肉を入れて豪華なのにしてみました。
「しかし、広くていい部屋だね」
そういう私に、Rは「そうでしょ!今月は引っ越しだなんだでお金かかったから、おばちゃんに鍋おごってくれて助かった!野菜も色々買ってもらえたし、給料日前はありがたいです!」なんていう彼女は、本当にしっかりしてきました。
それからしばらくは鍋を味わっていたのですが、ひと段落してから「じゃ、本題聞こうか。変て何が変なの?」そううながすと、「それがね、大家さんからこの部屋に住むのにはルールを守る必要があるって言われたんだけど、それが変なのよ」
「ルール?」「別に契約にあるとかじゃないの。なんかそうしないといけないみたいな感じ」
Rから聞いた大家さんのアドバイスはこうです。
1.寝る時は必ずロフトで。午前1時から5時は、何があっても下に下りないこと(トイレも我慢)
2.友達を誘っていただくのは構わないけど、お友達も必ずロフトで寝て貰って1のルールは守ってもらうこと。
3.テレビやパソコンの画面には、寝る時に必ず布を掛けておくこと。
4.夜は玄関に絶対に靴を置かないこと。クローゼットかロフトにしまってください。
5.ロフトに上がって寝る時は、必ずはしごを外してロフト内に保管すること。
6.どんなに物音がしてもロフトから下を見ないこと。
7.ロフトの淵には定期的に塩を置いておくこと。
Rは私ほどの霊感はないのですが、この部屋が事故物件かどうかくらいは私の親族ならわかることなので、そんなことではないのは分かっていて借りたのに、これってなんだろうとなったわけです。
私も随分変なルールだわと思ったのですが、その時はそれ以上何もわかりませんでした。
夜。
大家さんのアドバイス通り、ふたりともお風呂もトイレもしっかり済ませてロフトに上がりました。
23時頃でした。
ちゃんとはしごも外してロフトに上げておきました。
そして、布団には入りましたが、ヘンなことを確かめに来たのに眠れるわけもなく、ボーっとしていたら、大家さんが言っていた午前1時になりました。
その途端、下からズル・・・・ズル・・・と何かを引きずるような音がして、「うぉお~、うぉお~」という咆哮が聞こえてきたのです。
その声自体はRにも聞こえているみたいで、小声で「おばちゃん、これよこれ・・・・何か見える?私には見えなくて」というので、そっと淵まで行って下を覗き込みました。
「・・・・・・・?!」
暗い部屋の中を髪の長い女が徘徊していました。
四つん這いになって、ズルズルと部屋の中を動き回っています。
その足は途中で千切れていて、手も手首から先がありませんでした。
「としおおおおお、なぜ来てくれないのぉおおおおおっぉおおお」
その後も、うぉおおおーと咆哮を繰り返して、部屋の中をズルズルと音を立てて行ったり来たりを繰り返していました。
「何が見えた?」
小声で聞くRに見えたことはすべて話さずに濁して、
「電車に飛び込んだのよ、あの人。その人が住んでいた部屋よここは。事故物件でないのは確かにそうね」
と、それだけを言いました。
「どうりで家賃安いわけだ・・・」
Rは妙に納得したように言いました。
そして朝5時。
本当にピタッと、何かで消したようにその女の霊は消えてしまいました。
なぜか床には油のシミがついているのですが、Rは毎朝不思議に思って拭いていたそうです。
初めてじゃないんだから、気づこうよと思った私。
「それ、電車の油だと思う」
そう教えたのですが、
「えぇ・・・いやだなぁ・・・でもここ家賃安いし引っ越したくないんだけど~~どうしようかなぁ~」
なんて余裕でした。
朝食を済ませて私が帰るというと、彼女も駅まで一緒に行って出勤するというのでふたりで部屋から出ました。
前日、薄暗くてわかりませんでしたが、そのアパート、2階の5部屋ある中で、人が住んでいるのはRの部屋だけ、そして1階も1部屋しか住人がいません。
ことは、このアパート全体に及んでいる気がしました。
「早く・・・なるべく早く出た方がいい」
無意識に私の口から出た言葉です。
「おばちゃん?」
怪訝な顔をするRに「住むと自殺せずにいられなくなる部屋かもしれない。なるべく早く出なさい」
そう言うと、Rは蒼白になって「嘘・・・」とひとこと言ったまま黙ってしまいました。
結局、Rはその週末に部屋を引き払ったのです。
ちなみに、行先は私の自宅です。
しばらく居候になりそうですが、可愛い親戚の子が大事に至らなくて、本当に良かった。