ギギギ・・・と音がしそうな古めいたドアではあったが、案外すっと開いた。
「こんにちは・・・えっ?」
そこはまさにヨーロッパ調の家具の並んだ“サロン”とでも呼ぶべき煌びやかな部屋だった。
美和子は、大時代的なドアの向こうの別世界に目を見張った。
「・・・シャッ、シャンデリアまで」
黄色い髪の毛を揺らしながら、美輪明宏でも出てきそうな雰囲気だったが、出て来たのは超ミニスカートの若い女だった。
「いらっしゃいませ~♪ お疲れさまでしたぁ♪」
首を傾けながらニコニコと挨拶をするその女性・・・まったく覚えがない。
「・・・どなた?」
こちらが客だということも忘れて、美和子はその女性に聞いた。
「はい!わたしぃ、駒子先生の新しい助手のアイコで~す。アイは愛情の愛、そして、子供の子と書いて愛子です。通称ラブちゃん!よろしくお願いしまっすぅ♪」
ぴょん!・・・と飛び上がって手でハート型を作った愛子は、唖然として声も出ない様子の美和子に椅子を指して座るように促すと、「コーヒー、お持ちしますねー♪」と言って、くるりと振り向き、
「駒子センセ~、お客様お着きですよぉ~♪」
スキップにも似た軽い足取りで、奥の部屋に向かいながら別の部屋にいるらしい駒子に声を掛けて行った。
「・・・・・・・・・・・なんだありゃ?」
美和子は呆然としながらも、示された真っ赤なソファに座って、駒子が出てくるのを待つことにした。
「いらっしゃーい。思ったより早かったじゃない」
白いフリルの付いたシャツに黒のパンツ姿の駒子が現れた。
「・・・どっ、どうしたのその格好?!」
今までは、地味なスーツを着た駒子し見たことがなかったので、そんなスタイルの彼女を見て、思わず聞いてしまった。
「あっ、これ?これ、ラブちゃんのプレゼントなの。せっかく貰ったからと思って」
そういって、目をテンにしている美和子にウインクしてみせた。
そして、美和子の耳元に顔を近づけて、
「・・・外には着て行かれないから」
と小声で言った。
「あっ、そっ、そうよね」
駒子の言葉に少しホッとしながらも、気になったことを聞いてみることにした。
「あのさ、この前まで一緒だった、しごくまともでイケメンな男子はどこへ行ったの?」
「ああ、孝治くんはね、事務所移転しちゃうと通いきれないし、就職するからって辞めたの」
「そうなんだ。でも、後任がどうして・・・あの子な訳?」
「うーん。まぁ、ぶっちゃけると募集したらあの子しか来なかったのよ。
でもね、秋葉でメイドやってたこともあって、案外気は利くし、テキパキなんでもやるし、それに明るいからなかなかいい感じよ」
「メッ、メイド?!・・・どうりで違和感アリアリな訳だ」
「まあね、あじゃみんさんの周りにはいないタイプだよねー」
あっはっはっ!と大きな声で笑い、駒子は美和子の向かいの席に座った。
「もしかして、このインテリアも?」
きっと愛子の趣味に違いないと確信したが、返ってきた答えは、
「ううん、これは私の趣味。移転を機に展開してみました。ふふ」
だった。
「・・・・・・・・・・・・・・」
「お待ちどうさまでしたぁ~♪」
タイミングを計ったように愛子がコーヒーを持ってきて、目の前の大理石(風?)のテーブルに置いた。
「それでは、ごゆっくり~♪ご用の際には、ご遠慮なくお呼びくださいねっ!お客様💛」
深々と頭を下げて、愛子は奥に下がって行った。
「・・・・・・・お客様って」
「ね、なかなかいい感じでしょ?」
駒子は嬉しそうに言い、淹れたてのコーヒーを口元に運んだ。
「あじゃみんさんも、どうぞ」
「・・・・・・・う、うん」
カップを持ち上げると、なんとローゼンタールで、岡本太郎の太陽の塔のような模様が描いてあった。
どうやらコーヒー豆は良い物を使っているらしく、淹れたての香りが美和子の鼻をくすぐった。
「あら、これ美味しい」
ちょっと濃い目で、後味はすっきりしたタイプのコーヒーは、美和子の好みだ。
「それで、今日は何の用なの?」
「えっ!?」
コーヒーに夢中になっていたので、いきなり聞かれて驚いてしまった。
「・・・・あっ、ああ、そうそうそうそう」
美和子は持ってきたスーツケースを開け、その中からメモ程度の大きさの紙を取り出した。
「これなのよ、メールで知らせたの。なぜかスーツケースに入ってたのよ」
そういって差し出した。
駒子はその紙を手に取ると、一瞬「おや?」という顔をして、それからその紙に視線を落とした。
「・・・・Monster will kill her・・・何コレ・・・」
「怪物が彼女を殺す」
「うん、いったい何なの」
「それが分からないからココに持ってきたんじゃないの。何か感じない?」
「うーん。感じないわけでもないけどぉ」
「えぇ~、やっぱりぃ~!おかしいと思ったのよねぇ・・・嫌だなぁ」
美和子はうんざりしたようにソファの背もたれに体を預けて、むすっとした顔で目を閉じて黙り込んでしまった。
「嫌だとか言ってても分からないから、事情を説明してよ。どうしてこんな紙持ってるのか」
駒子にそう言われても、なかなか目を開けない。
「まぁ、嫌な気分になるのは分かるけどさ」
「・・・・・・・・・・・・・」
「話を聞かないことには、どうにも・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・ちょっと」
「・・・・・・・・・・・・・」
「ちょっとってば」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「起きろ!!」
「ひょえっ!」
駒子の一括に飛び起きた美和子は、ミーアキャットのように背を伸ばしてキョロキョロと事務所を見回した。
「・・・・どこ見てるの?」
「えっ?あっ、ああ、ごめん」
「よく、そんな一瞬で寝られるよね」
「・・・・・・・・まぁ、それが特技っていうか」
「じゃなくて、早く説明してよ」
「ああ、そうよね。この紙はね・・・」
美和子は、その意味不明な紙がなぜ美和子の手元にあり、なぜ駒子のところに持ってくることにしたのか、ドアを開けてから目の前に繰り広げられたカルチャーショックを乗り越えて、静かに話し始めた。
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