「なんだぁ~、そういうことだったのか」
思いがけず現れた高井道隆に誘われ、浅井美和子と蓬莱駒子はリージェントホテル2階にあるレストランで朝食ビュッフェを食べに来ていた。
とはいえ、美和子は二日酔いで食べ物どころではなく、フルーツジュースやコーヒーを飲んで目を覚まさせているといったところだ。
高井と久しぶりの再会を果たし、駒子との面会を頼まれてから高井がどこかへ行ってしまい、そのことを心配して美和子が駒子に調査を依頼したのが2日間前の昼間だった。
「ごめん。まさか行方不明扱いされてるなんて思いもよらなかったよ」
「単にホテルの従業員がメッセージを忘れたなんて、ミステリーのミの字もないオチだったわねぇ」
駒子は憮然とした表情の美和子に舌を出してみせた。
「ふん!」
「いやぁ、僕がちゃんと確かめなかったのがいけなかったんだ。すまない。
仕事上のトラブルで、かなり焦ってたから、思いが至らなかったんだ」
頭を下げる高井を見ていたら、これ以上大人気ない態度もどうかと美和子は作り笑いで応じた。
「トラブルの方は大丈夫なんですか?」
美和子の表情を面白がりながら、駒子は高井に聞いた。
「ああ、急いで対応したから、なんとか収まった。だからすぐシンガポールに戻って来られたんだ。まさか、僕が行方不明だと思われてるなんて想像もつかなかったから、駒子さんから連絡を貰った時には、本当に驚いたよ」
「・・・ん?こまりんさんから高井さんに連絡があったの?」
怪訝そうに聞く美和子に高井は「そうだけど?」と特に悪びれもなく言った。
「ちょっ、ちょっと待って。だって私、こまりんさんの連絡先も教えてないし、
ましてやこまりんさんに高井さんの連絡先なんて教えてないわよ」
狐につままれた・・・というのはこういう時に使う表現だろうか、などと考えながら、美和子はふたりの顔を交互に見ながら言った。
「いや、きみが駒子さんは横浜で探偵事務所を構えたって教えてくれただろう?
それで、検索したら出てきたんだよ。それでメールを送って、詳しい話は美和子さんから
聞いて欲しいと書いておいたんだ」
「もう!こまりんさんたら、そんなこと全然教えてくれなかったじゃない」
「ごめん、ごめん。だって必死になって話すあじゃみんさんを見てたら、
ちょっと心配させた方が盛り上がるかと思って」
「もっ、盛り上がる?!なにそれ」
「ちょっと声が大きいわよ!」
駒子に言われてハッとした美和子が周囲を見渡すと、何事かとこちらを見ている大勢の目があった。
「・・・・ソーリー」
恥ずかしくてうなだれる美和子の肩にそっと手を置き、高井は「ごめん」と言った。
「もう、いいわよ」
なんだか気まずい雰囲気が漂った3人のテーブルだったが、駒子がフルーツを山盛りにして持ってきたところで、話題を変えた。
「高井さん、高井さんの妹さんて、髪が肩の下くらいのストレートで、わりと目の大きい女性ですか?」
駒子は、たまにこの世のものではないもので、目の前に見えたものをストレートに言う時がある。
その時も高井の肩越しに遠くを見ているような感じで、突然そんなことを言い出した。
『さっそく見えたのか』
怒っていたのも忘れ、美和子は駒子の顔を見つめ、黙っていた。
「そっ、そうだけど。なぜ分かるんですか?」
高井は少なからず動揺したようだった。
「あっ、ごめんなさい高井さん。彼女、見えたことをそのまま話すことがあるの」
「えっ、ああ、そうか。でも、ストレートに言ってくれた方が僕はいいよ」
高井は、額に汗をかいているのを感じていた。
「それで、答えは?」
「えっ、ああ、その通り。地毛はくせっ毛なんだけど、ストレートパーマをかけたんだ」
そういうと、高井はバッグから写真を取り出して駒子の前に置いた。
「あっ、それって」
美和子が思わず前のめりになると、高井は「そう、聡子がシンガポールに来る前にスキーに行った時の写真だ」といって、美和子の方にも写真を向けた。
「聡子ちゃん、常夏の地に行くからって、すべり収めとかいってスキーばっかり行ってたわよね」
「ああ、スキーが得意だったのに、シンガポールに就職したらできなくなるからってね」
「・・・・・・・・・・・・・」
すべてが過去形で語られる会話は、時として辛い。
「それで、聡子さんはなぜ亡くなられたんですか?」
いきなりの直球がまた駒子の口から発せられた。
「こまりんさん」
「いや、いいよ」
高井は、駒子を制しようとした美和子を止め、まっすぐに駒子の顔を見ると、妹、高井聡子の死んだ時の話をはじめた。
「なぜ、聡子が死んだのか・・・実はそれが僕のもっとも知りたい事なんです。5年前のあの日、聡子は遺体で発見されました。場所は、フォートカニングパークという駅でいえばドービーゴートかクラークキーからも近い場所だ」
「フォートカニングパークって、あのバトルボックスとか、戦争関連の物がたくさんあるところよね」
「ああ、美和子ちゃんも行ったことあるだろ?」
「ええ、昼間で緑が多いから良かったけど、でも、なんとなく気味の悪い感じもしたわ」
「明るくて、一角にはデートに利用するような場所もあるようだけど、警察に案内されて行った時には、聡子の死ということもあったかも知れないが、およそロマンチックな場所という感じはなかったな」
「そうよね、私も歩いている時、なんだか背中がゾクゾクしてきて、すぐに出たかったんだけど、なにせ広くて出口に着くまでに時間がかかって、泣きそうになったことがある。それ以来1度も行ってないわ」
「聡子は、フォートカニングパークのクラークキー寄りの一角にあるベンチの上で死んでいたんだ。特に争った形跡もなく、着衣の乱れもなかった。朝の散歩で通りかかった人に発見された時には死後8時間くらいということだったから、聡子はそこに夜の11時頃にいたことになる」
「じゅっ、11時?!真っ昼間でも怖いくらいの雰囲気だし、外灯ったってあの近くはほとんどないはずよ・・・そんなところに何で夜女性がひとりで・・・」
聞いただけでも鳥肌が立ちそうな・・・いや、実際、美和子は少し震えていた。
「だからなんだ、駒子さんに見てもらいたいのは。聡子は、結構怖がりで、小さい頃から怖いのが大の苦手だった。そんな聡子が夜中にあんな場所にひとりで行くわけがない。きっと何かあったに違いないんだ」
そういって駒子の顔をじっと見た高井だったが、当の駒子はうつむき加減でフルーツをつついていた。
「こまりんさん、どうしたの?」
「・・・・うん、こんなことってあるんだなぁ~って」
「こんなこと?」
「うん。なんかね、この事件・・・いや、事件とはいえないか、犯人はいないわけだから」
そういうと、駒子は黙ってしまった。
「まさか、もう全部見えちゃったとか」
駒子がすべての物が見えた時、それがあまり良いことではない(だいたいにおいて、良いことであったためしはないが)場合、話すのが嫌なのか、いつも最初は黙ってしまう。
だが、遺族や関係者に乞われて、仕方なく語りだすというのがいつものパターンだった。
「なんかねぇ。聡子さんのことはお気の毒だったけど、現実の事件とはまったく関係ないから、追求しても仕方ないと思う」
高井の目をまっすぐに見返して、駒子は言った。
「ものごとって、複雑なようで案外単純なことが多いのよ」
「しかし、僕としては聡子がどうしてあんなところにひとりでいったのか納得できないんだ。解剖の結果も心臓発作で自然死だというけど、聡子は心臓なんて悪くなかったから、何か大きなショックを受けるとか、そういうことがあったと思えてならないんだよ」
「そりゃぁ、そうよね。大事な妹の最後に何があったのか、知りたいのは分かるわ。こまりんさん、この際話してあげて」
「・・・・・・・・・どうしても?」
「ああ、どうしても知りたい」
「分かったわ。では、朝食の後で散歩がてら行きましょうか」
「・・・どこへ?」
「決まってるじゃない。聡子さんが亡くなった場所よ」
「ええ?!あそこに行くのぉ?」
「嫌ならあじゃみんさんは着いてこなくていいわよ」
「そうだよ、美和子ちゃんにそこまでしてもらうのも・・・」
「えっ?!いっ、行くわよ!ひとりで残されても気になって何も手につかないわ」
高井の言葉をさえぎって、美和子は言った。
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