高井の妹、聡子の死の真相は、聡子の遺体が見つかったフォートカニングパークに行って確かめることになった。
駒子がそういうからには、聡子をあちらの世界に連れて行ったのは、この世の者ではないということになる。
科学的な説明は何もつかないが、高井はそれでもいいらしい。
昔から憧れだったフィルム編集の仕事をベンチャー企業に就職してすることになり、あるプロジェクトの一環としてシンガポールの企業とのコラボレーションで作品を仕上げるという企画があった。
新人ではあったが、やる気と腕を見込まれた聡子にチームの一員として働かないかという誘いがあったのは、就職して2年目のことだった。
以前から、美和子にシンガポールの良さを吹聴されていた聡子は、せっかくの機会でもあるからとふたつ返事で承諾し、6年前のある日、シンガポールに引越してきた。
手ごろなコンドミニアムを借りてもらい、至れり尽くせりで、半年くらいは兄の道隆にも美和子にもしょっちゅうメールで仕事や日常生活の報告をしてきていた。
それが1年を過ぎる頃から極端に少なくなってきて、高井や美和子がメールを出しても、なんだか的を射ない返事が返ってくるようになり、心配になった高井が訪ねて行こうとしても、仕事が忙しいだけだからと断られてしまった。
「なんだか心配なんだよ」
高井から美和子にそんなメールが入るようになり、美和子も心配し始めていたのだが、仕事の忙しさも手伝って、聡子にメールや電話を入れてみるくらいしかできなかった。
聡子からはなかなか返事も来ず、「もしかしたら、ボーイフレンドでもできたんじゃないの?」と高井に言ってみたものの、なんとなく不安が胸に広がっていた。
そして、5年前の6月にその不安は現実となった。
高井からの電話で、聡子がシンガポールで亡くなったという連絡が入ったのだ。
フォートカニングパークへは、午前0時に行くことになった。
「なっ、なんでそんな夜中に行かなくちゃいけないの?!」
ほとんど泣きそうな顔をして、美和子は駒子に訴えた。
「だから、嫌なら来なくていいっていってるでしょ」
「嫌とかじゃなくて、なんで昼間じゃなくて、そんな夜中に行くのかを教えて欲しいわけよ」
もう、ヤケである。
「今度の一件は、ちょっと手ごわいわ。何かが聡子さんにアクセスするのを妨害してるの」
「妨害?」
「そう。だから、ここからじゃ、断片にしかタッチできない。それで、まだ思念が残ってる場所に行く必要があるし、神経が研ぎ澄まされる夜、それもなるべく遅い時間に行く必要があるのよ」
「だけど、こまりんさん、怖くないわけ?」
「そりゃぁ~怖いわよ。私別に霊能者でもないし、除霊とかできるわけじゃないんだから」
「だって、憑依されたりしたらどうするの?」
「う~ん、一応ブロックできる自信はあるんだけど、そうなったら・・・どうなるんだろうねぇ」
「何をのんびりしたこと言ってるのよ、分かったわ、私が一緒に行くってことはそういうことよね」
「何よ、そういうことって?」
「とぼけちゃって!私だって霊能者でもないし、除霊もできないけど、きっと霊を鎮めることはできそうな気がする」
「またぁ、変な正義感出しちゃって」
「よく言うわ、コンドミニアムで霊が出た時だって、幽霊の出る部屋に代わってあげたでしょ」
「そうね。あじゃみんさんのお経・・・あの後、空気が軽くなったのは確かだわ」
「だから、私はそういうのから身を守るすべを知ってるってことになるじゃない」
「そうなのかなぁ~」
「何よ、本当は頼りにしてるくせに!ふん!」
実際は、心底ビビッていた美和子だったが、駒子が真夜中に現場に行くというのに、放っておくことなど出来ないではないか。
腹を決めて、着いて行くしかないと心に決めた。
「ちょっと行ってくる」
「えっ?どこへ?」
「塩と線香買ってくるわ」
「線香?そんなのあるの?」
「仏壇にあげるやつじゃなくても、香りのするもので代用するわ。それに寺院とかあるから、中華街なんかに行けばあると思うし」
「はぁ・・・」
「じゃあ、後でね」
「う・・・うん」
美和子は、大股で歩くと、バタン!と勢いよくドアを閉めて出て行った。
「・・・・・ほんと、極端よね、あの性格」
つぶやいた駒子だったが、正直ほっとしたのも事実だ。
幽霊探偵と言われるくらいだから、霊を見たり、人の亡くなった真相を突き止めることはできても、除霊など、いわゆる霊能者がやるようなことは自分の任ではないと思っていた。
いつも、原因を突き止めた上で、あとの処理はクライアントに任せていた駒子は、今回のように最後まで完結しなければならなそうな事案は、初めてだったのだ。
美和子は、いわゆる霊感はまったくないし、普段は駒子の手伝いなどしたことがないのだが、今回は自分の友人の妹でもあるし、自分が祖母から教えられた経を読むことで、聡子の霊を鎮めてあげたいという思いが強いのであろうと思った。
「まぁ、今回は、ふたりのコラボってことで行こうかしらね」
軽い言葉で言った駒子だったが、気分は時間と共に重くなっていった。
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