えぇ~、皆さま。
今から私が書いていくことは、歴史の話でありながら、特に何かを解説しようとかこれが真実だ!とかいう話でもなんでもなく、なんかこういうのって、面白いよねぇ・・・ってことを書くだけなので、「そんなの嘘だ」とか「それは解明されてるだろ!」とか、そういう真面目な突っ込みはナシでお願いします。とりあえず、真実なんてどうでもいいの(オイ)。
なんでいきなり本能寺の変なのかというのも、別に理由もないのですが、上記の通り、面白いなぁ~と思ったのが本能寺の変だったというだけです。
別に戦国武将に思い入れもないですし、正直詳しくもありません。
本能寺の変ってなに?
まぁ、日本の学校を出ていれば、知らない人はいないと思うのですが、どんな話だか、ちょっと観てみましょう。
とまぁ、こんな感じで(どんな感じやねんw)、最後は「所説あり」で〆ていましたけど、誰もが知ってる戦国武将、織田信長の家臣(平たく言えば部下ってことかな)である明智光秀が謀反(むほん)を起こし、京都の本能寺という寺に滞在中の織田信長を自身の家臣と一緒に襲って倒してしまったというものなんですよ。倒したというか、信長は逃げられないと悟って自害ずるんですけどね。ちなみに謀反というのは、家臣が主君を裏切って兵を起こす(つまり攻撃する)ことです。
動画では、その謀反を起こした原因は信長にハゲハゲ言われて馬鹿にされ、堪忍袋の緒が切れたってなってましたけど、それ以外にも自分が天下を取ってやるという野望説やら、黒幕陰謀説だのなんだの色々な節があります。
聞いてみればそれぞれ最もらしいので、どれが本当だか私には分かりませんが、さすがにハゲハゲ言われていじられたからといって、逆切れするなんてねぇ・・・。
「敵は本能寺にあり」と本当に言ったかどうかは知りませんが、いくらなんでも「俺のこといじめやがって、ざけんなよ!」ってな感じの私怨で主君に楯突くなんて、自分の部下にどうやって説明すんねんなって思いますよ(まぁ、実際はただハゲハゲ言われたわけじゃないでしょうけどねw)。まぁ、でもとにかく主君を裏切った武士というのは消えないわけですね。
先祖の恨みを晴らしてやろうぞ
今はタレントで元フィギュアスケートの選手だった織田信成さんが、織田信長の子孫だというのは有名な話(とはいえ本当かどうかわからないレベル)ですが、もちろんこの明智光秀にも子孫はいるわけで、その1人である明智 憲三郎氏が「江戸時代に書かれた物語に過ぎない軍記物に依存した本能寺の変研究の現状に落胆・失望を禁じえず、子孫自らの手で真相解明せざるを得ないと決意」し、独自の研究で書いたのが「本能寺の変431年目の真実」という本です。
これはシリーズ化されて、何冊か出しているので、興味のある方はぜひお読みください。私も最初の一冊は途中まで読みましたが、老眼が酷くなって眼鏡を変えてから読もうとやめてからまだ眼鏡を変えていないので、そのままです(笑)
著者は歴史の専門家というわけでもなく、ある意味「子孫」というバイアスがかかっているのでこの「真実」というのには批判の声も多いようですが、なかなかどうして読ませる内容であることは確かです。
これは黒幕説を取っているので、それなりの資料が紹介されていますから、歴史に興味がある方なら面白いのかなと思います。
ただ、ちょっと文体が堅いので、読み物としてサクサク読めるという感じではなかったですね。
つづく