あじゃみんのブログ

美味しいものや、経営する雑貨店のこと、女性の心身の健康について、その他時事ネタなど好き勝手に書いているブログです。

東電OL殺人事件 依存の果て

私の当初のスタンスは”興味なし”

事件のあらまし編で書いた通り、当時この事件はエリートOLの二重生活ばかりが大きく取り上げられました。

肝心の犯人については「外国人で、この男が犯人だった」という程度の報道しかなく、私自身もその部分については薄い記憶しかありません。

振り返ってみると、無残に絞殺された被害者であるにも関わらず、ニュースやワイドショーはY子さんの人生に関するレポートばかりを繰り返し、犯人はまるで添え物のような存在でした。世間もきっとそうで、東京電力という誰もが知る大企業に女性初の総合職として入社した彼女が、退勤後には1日に何人もの客を取る売春婦だったという事実は、つまらない日常を埋める格好のセンセーショナルな話題だったのでしょう。

私自身は当時「すごいことをする人もいるんだなぁ」と思う程度で、そこまで事件に興味もなく、深く考えることはありませんでした。
しかし、この状況こそが冤罪を生み、真犯人を取り逃がす最大の原因だったのかもしれません。

外国人は怪しいという罠

逮捕されたゴビンダ氏は当初からアリバイを主張していましたが、警察は耳を貸さず、彼がY子さんの部屋の鍵を持っていたことを「犯人である証拠」として決めつけました。ところが、その鍵の入手経緯や返却のタイミングははっきりせず、裁判でも争点となったものの、結局は曖昧なまま決め手とされてしまったのです。

これほどまでに物的な証拠やまともな目撃証言もなかったため、一審では「状況証拠だけでは犯人と断定できない」として無罪判決が下されましたが、二審では逆に有罪とされ、最高裁でも支持されて無期懲役が確定しました。
世間の「外国人だから怪しい」という偏見も後押しし、ゴビンダ氏は収監されることになったのです。

「外国人だから」というのは、今の社会でも結構当てはまることですね。
実際、警察庁の統計によれば外国人による刑法犯の検挙人員は全体の約5%を占め、人口比で見ると日本人より高い水準にあります。
さらに、警察庁が国会で示した数字では外国人の犯罪率は日本人の約1.7倍とされています。

こうした数字が偏見を強める背景になっているのも事実でしょう。

このため、何か「そんなことが?」という犯罪が起きた時、外国人のしわざかもしれないと考えてしまう傾向が強まっているのです。

外国人の犯罪率が高いのは事実なので、仕方ないことかもしれませんが、ある意味では怖いことだと思います。

2025年も終わりに近づいた今もなお、Y子さんを殺した犯人は捕まっていません。
2010年4月27日の法改正により、殺人罪など法定刑の上限が死刑である罪の公訴時効は廃止され、この事件は未解決事件として現在も捜査が続いています。

真犯人は、まだこの世界のどこかで息をしているのでしょうか。

追い詰められるひとびと

私は、Y子さんの事件を解決する力もないですし、深い考察をする洞察力も持ち合わせてはいません。
だから、ここでは素直になぜ?と思った部分をAIのリサーチ力も借りつつ、考えてみたいと思います。

もちろん、当時の報道を全部は覚えていませんが、Y子さんがエリートOLと売春婦という、普通であれば真逆の存在の両方を“自分”として生きていたのかについての報道ぶりはかなり薄っぺらかったように思います。

テレビのニュース番組なんてそんなものなのかも知れませんが、Y子さんの二重生活にばかり光を当て、彼女の内面や事件そのもののもっと深いところまで追求しようとしていたとは到底思えないのです。

もしそうしていたら、真犯人のいる可能性や、彼女が何かに苦しんでいたのでは?という考察も出てきていたかもしれません。

心理学の研究によれば、真面目で責任感が強い人ほどプレッシャーに弱く、自分を追い込む傾向があるとされています。
完璧主義の人は小さな失敗も許せず、成功体験を積みにくい。
さらに他人の評価を過剰に気にする人は常に緊張状態にあり、ストレスが蓄積しやすいのです。
こうした性格傾向は、逃げるよりも「耐える」ことを選びがちな文化の中で、より強く人を追い詰めてしまいます。

心理学的には「ストレス脆弱性モデル」と呼ばれる考え方があり、人はそれぞれ耐えられる限界値を持っています。
普段は問題なく過ごせても、環境要因が重なると限界を超え、突発的な行動に走ることがあるのです。
東洋経済の記事にあるように「普通の子」が突然凶悪犯罪を起こすのも、抑圧された感情が爆発するためだと説明できます。
周囲に「いい子」と見られるほど弱さを出せず、内面に蓄積したものがある瞬間に破壊的な行動として噴出するのです。

Y子さんは、亡くなった父親も東京電力の技術系幹部候補で、非常に仲が良かったと伝えられています。
父の影響もあって東京電力を就職先に選んだとされ、「父の名前を汚さないよう頑張りたい」と周囲に語っていたとも言われています。
ですが社会人留学の選考に落ちたりと多少の挫折もあり、気負いもあって精神的にはかなり辛いことが多かったのかもしれません。

今となっては知る由もありませんが、Y子さんの伝えられる性格や生活の質を考えても、知らない男性とただセックスをしたいという人とは到底思えません。
収入も十分に得ていましたし、「1000円でもいいから」と男性を誘っていたとの証言を考えると、お金のためでもなかったわけです。

きっと過度のプレッシャーで自分を追い込み、結果、心が壊れてしまったのかもしれません。

私のように“メンタルおばけ”と言われる人間でも、追い詰められて自分ではなんてことないと思っていたのに周囲に「大丈夫?」と心配された経験があります。

だからこそ、真面目で成果を出したいと常に頑張るような人は、己を知り、「あっ、ちょっとこれは」となったら逃げるという選択肢も持っておかないと、精神的に追い詰められて自分ではそんなつもりがなくても“奇行”を犯すことにもなりかねないのではないでしょうか。

Y子さんの二重生活は、特殊な事件の謎というよりも、私たちの社会に潜む普遍的な構造の鏡だったのかもしれません。
真面目で責任感が強い人ほど逃げられず、耐えることを選び、やがて心を壊してしまう。
これは決して彼女だけの問題ではなく、現代社会に生きる私たち自身にも重なるテーマです。

依存症社会

Y子さんの心が壊れていたのではないか・・・という仮説は、なぜ出てくるのでしょう。
それは、昔から真面目で、有名私大学を優秀な成績で卒業し、東京電力に女性初の総合職として就職した彼女が、通常であればストレスやプレッシャーがあったとしても、旅行をするとかスポーツをするとか、なにかしら健全な活動で発散したのではないでしょうか。
それがやっていたことが売春だったわけですから、”普通じゃなかった”と思われても仕方ありません。

芸能人が麻薬に走る理由には、もちろん“好奇心”という人もいるでしょう。

しかし多くの場合は、強いプレッシャーで眠れないときに「よく眠れる薬がありますよ」と勧められ、それが実は麻薬だったというケースです。

いけないと思いつつも、初期には重い副作用もわからないまま「少しなら」と手を出してしまう。その結果、気づけば抜け出せない状態に陥ってしまうのだと言われています。

まったくの推測ですが、Y子さんはセックス依存症だったのではないでしょうか。
セックス依存症は、現在は”強迫的性行動症”という名前で国際的にも診断枠に入っているれっきとした病気です。

この病気の因子は複数あるのですが、心理的要因(認知・感情のループ)として、”完璧主義・低自尊感情・対人不安”がストレス脆弱性を高め、「辛さ→性行動で気分調整→罪悪感→孤立→さらに性行動」という負の循環を強めます。

ストレス脆弱性とは、人によってストレスに耐えられる強さが違っていて、その限界を超えると心や行動が崩れやすくなるという考え方です。

性行動が感情を調整する主な手段になると、問題の状況でこの連鎖が繰り返されやすくなります。

また、別の要因としても、神経生物学的要因というものがあり、簡単に言えば、セックスをして快楽(オーガズム)を得ると脳の「報酬系」が強く刺激され、ドーパミンが多く放出されます。

これがセックスによって「快感」や「満足感」を強く感じる理由のひとつです。
また、同時にオキシトシンやエンドルフィンなど他の物質も分泌され、複雑に作用して「至福感」や「安心感」を作り出しているのです。

そして、売春が金銭目的ではなかったとしたら、これこそ他人に自分を選ばせ、お金まで払わせるという承認欲求もあったのではないかと思います。
もし、単なる依存だけのことであれば、タダでも良かったはずです。
これが多少なりともお金を取っていたわけですから、自分になんらかの価値を認める行為だったのかもしれません。

これは、資料を読んだ程度の私が感じたことなので、まったくの頓珍漢な考察かもしれませんが、Y子さんの行動は、人に認められたい、快感で満足感や幸福感を得たいという行動に思えてならないのです。

しかし、そんなものは所詮一時的な幸福感をもたらすだけです。
昼間は普通にOLとして勤めているわけですから、街角に立って春を売るという行為が自分の承認欲求を満たし、快感で幸福感を味わうという負のループにハマってしまったのかもしれないと思っています。

Y子さんの行動は、単なる二重生活の謎ではなく、依存という罠に落ちていく人間の普遍的な姿を映しているのかもしれません。
依存は快楽を求めるよりも、苦痛や孤独を避けるために繰り返される。
依存症から脱却した方の話によると、依存症は、常にその状態にあるわけではなく、ふと我に返る瞬間がある。

「どうしよう~」って絶望感が襲ってくるのですが、また依存生活に戻ってしまう。

そして一時的な幸福感は、承認欲求を満たすように見えて、結局はさらなる孤立と不安を呼び込む。

現代社会に生きる私たちもまた、同じ構造の中で「依存症社会」を歩んでいるのではないでしょうか。

依存は決して特別な人だけのものではなく、誰もがストレスや孤独の中で「即時の安心」にすがる可能性を持っています。
スマホやSNS、アルコールや仕事など、現代社会は依存の対象に満ちています。
Y子さんの行動は、その先端にあっただけで、私たち自身の姿を映す鏡なのかもしれません。

だからこそ依存は「快楽の追求」ではなく「苦痛からの逃避」として繰り返されるのです。

Y子さんの行動は、特殊な二重生活ではなく、現代社会に広がる依存の縮図だったのかもしれません。

今、道を歩いていると階段を上り下りする時にもスマホを見ながらとか、一日中SNSに投稿したり、”いいね!”が欲しくてインスタグラムに虚飾生活を載せていたりと、依存社会の縮図のような場面に出くわします。
お悩み相談で、20代女性が「実はバイト生活でカツカツなのにSNSには”こんな買い物しました”とか、そういう虚飾生活の投稿がやめられません」というのがあったのですが、ニューレディーの肉乃小路ニクヨさんが「マネタイズできない人はSNSなんてやる資格がないと思う」と回答していたのが印象的でした。

ニクヨさんがSNSをしているのは、自分の宣伝ツールとして使えるからというだけで、プライベートの投稿はほんの少しと言っていました。

また、作家の中村うさぎさんは、ご自身が整形や買い物依存だった経験から「私はさ、買い物依存で水道止められそうってこととかも公開してたから、ウケたしやっていけたけど、この人はそうじゃないから、ネタにもできていない」と話していたのが面白かった。

結局「自分は依存症なんだ」と認めたことで、年齢とともに落ち着いたんだそうです。

SNSや買い物、仕事や人間関係――依存の対象は違っても、根底には「承認されたい」「安心したい」という同じ欲求があります。依存症社会とは、個人の弱さではなく、私たち全員が抱える構造そのものです。もちろん薬物依存のように、認めたところで簡単には抜け出せない深刻なケースもあります。しかしだからこそ、依存を笑うのではなく、どう共存し、どう距離を取るかを考えることが、現代を生きる術になるのだと思います。

参考サイト

東洋経済オンライン記事

「普通の子」が突発的に凶悪犯罪を起こす理由、引き金は「親の静かな抑圧」 ごく一般的な教育的指導が裏目に出ることも | 東洋経済education×ICT | 東洋経済オンライン

性依存症・強迫的性行動症

性依存症(強迫的性行動症)のすべて:原因、症状チェック、日本における治療法と相談窓口への完全ガイド | 総合健康・美容情報ネットワーク JHO

強迫的性行動症 特徴とタイプ - 大石クリニック|依存症治療の専門医療機関|外来と家族相談、回復施設

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https://meisei.repo.nii.ac.jp/record/1563/files/KzNo50-1_03a02.pdf

1 「依存」自体は悪いことじゃない。 | 精神科医・ 松本俊彦先生に聞く、 依存症の話 きみの「依存」は、 じつは何かが 苦しいからかも しれなくて。 | 松本俊彦 | ほぼ日

ストレス脆弱性モデル

http:// https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AC%E3%82%B9%E8%84%86%E5%BC%B1%E6%80%A7%E3%83%A2%E3%83%87%E3%83%AB

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