はじめに
私がこの津山事件を調べようと思ったきっかけは、概要編で触れた通り、ニンゲンtvの偶然の取材動画でした。
そこで出演していた霊能者の方と若いスタッフが、都井睦雄が生涯を閉じた場所で「不運な青年」ではなく、恨みにゆがんだ顔の「嘘つきな男」の霊がその場に留まっているのを視たと語っていたのです。その話を聞いて、実際の都井睦雄とはどんな人間だったのか、もっと深く知りたいと思うようになりました。
私は霊感を持っているわけではありませんし、霊能者の解説も詳しい部分はメンバーシップ内で語られているため確認のしようがありません。したがって、霊的な証言についてこれ以上言及するつもりはありません。ただ、批判覚悟で語られていたという点から考えると、その解説は従来の人物像とは大きく異なるものだったのかもしれません。
私は「視えないもの」について書くことはできません。だからこそ、出来る限りの資料や考察を読み解きながら、自分なりの考えへとつなげていきたいと思います。
日本初の大量殺人事件
この津山事件、通称「津山三十人殺し」は、現在では歴代2位となりましたが、長らく日本の大量殺人の代名詞として語られてきました。
書籍や映画の原作となり、数多くの考察や取材記事が生まれるなど、人々の記憶から消えない事件であることも、私が興味を惹かれた理由のひとつです。
余談ながら、年は違えど事件の起きた5月21日という日は、私自身の誕生日でもあります。偶然とはいえ、この日付の重なりが、事件をより身近に感じさせるきっかけにもなりました。
都井睦雄の人物像について
概要編や詳細編で触れた通り、睦雄の人物像にはその生い立ちが大きく影響していると考えられます。
彼はわずか二歳で両親を亡くし、仲の良い姉がいたものの、幼い睦雄は血縁のない祖父の後妻である祖母に引き取られました。祖母いねが睦雄を邪険にしたという証言はなく、生活の面倒は見てもらえていたようです。しかし当時は「血のつながり」が今よりもずっと重視されていた時代であり、近親者が姉一人しかいない状況は、本来家督を継ぐはずの睦雄にとって、心許ない家庭に映ったのではないでしょうか。
さらに、両親や血縁の祖父母を肺結核で失い、「労咳筋の家系」と後ろ指をさされたことも、人格形成に大きな影を落としました。実際、小学校卒業時には肋膜炎を患い、その後も肺尖カタルに苦しみました。常に「自分もいつか両親と同じように肺結核で死ぬのではないか」と恐れていた姿は、容易に想像できます。
実際には病状は軽かったのに、残した遺書には病気への不安が繰り返し綴られ、「次は健康で生まれたい」と記されていました。親や祖父母の死を背景に、自分の病気を誇大に捉え、常に悲観的な思考に傾いていたのかもしれません。
また、華奢で色白だった睦雄は女性に好かれ、夜這いの習俗の中で恋仲となった女性もいました。しかし「労咳筋の家系」という烙印が影響し、結婚には至らず別れざるをえませんでした。自分を捨てて去った女性への恨みは、日々募っていったのでしょう。
睦雄が犯行時に真っ先に向かったのは、里帰り中と聞いていたこの女性の家でした。
当時の社会では、女性は良縁に嫁ぐのが当然とされていました。娘を「労咳筋の家系」に嫁がせれば苦労が降りかかると父親が考えたのも無理はありません。しかし睦雄はそれを理解せず、常に他責的に捉えました。思うようにならない人生を悲観し、自己中心的な性格となっていた彼には、それが裏切りとしか映らなかったのでしょう。
心理学的に、他責思考は「心を守るための防衛機制」として生じることが多く、背景には 自尊心の低下・過度な自己批判・認知バイアス が絡んでいます。
短期的には精神的安定をもたらしますが、長期的には成長や人間関係に悪影響を及ぼす可能性があります。
社会的背景と犯行動機
当時の日本は、満州事変や日中戦争を経て軍国主義の道を歩んでいました。国全体が「お国のために尽くす」ことを至上の価値とし、男子は徴兵されて軍隊に入り、戦場で戦うことが名誉とされていました。村社会においても、兵役に就くことは家族や地域の誇りであり、男子の存在意義そのものと見なされていたのです。
しかし睦雄は幼い頃から体が弱く、家督も継げず、徴兵検査では不合格(正確には丙種合格)となりました。
これは「今の状況では兵役に耐えられない」と判断されたことを意味し、当時の価値観からすれば日本男子としてのプライドを大きく損なうものでした。
ただ、睦雄は徴兵検査の時に軍医に向かって「自分は肺尖カタルにかかった」と何度も強調していたことで睦雄の健康について疑問を持たれたために丙種合格に留まったという見方もあり、これについては詳細編でも触れましたが、睦雄は自分の病気について、本当に恐ろしいと思っていたとも取れますが、一方、本心では軍隊になど行きたくなかったのではないかとの見方もできるのではないでしょうか。
国のために働くのが至上だった時代に、周囲からは「役立たず」と見られ、本人も「自分は国のために働けない」という劣等感を抱かざるを得なかったでしょう。
さらに「男子はお国のために働く」という価値観が当然の社会にいた女性たちからも、徴兵検査に実質不合格だった睦雄は、次第に疎まれるようになりました。
幼い頃に進学の道も閉ざされ、長じては、かつて親しくしていた女性たちから距離を置かれていく中で、睦雄は孤立感と挫折感を深めていきました。
このような社会的背景は、彼のプライドを繰り返し何度も傷つけ、自己中心的で「悪いのは常に他者」という他責的な思考を強める要因となったと考えられます。
つまり、時代そのものが睦雄の性格形成に大きく影響を与え、事件へと至る心理的土壌を形づくったのです。
こうした社会的圧力と病弱さが重なり、睦雄の心には『自分は周囲の人々から裏切られた』という感覚が根を下ろしていったのではないでしょうか。
このような半生の中で、睦雄の胸には他者への恨みつらみが募り、自分を不幸にした人々へ復讐することを人生最後の目標にしたのではないでしょうか。
犯行時の睦雄は”病弱”だったのか
睦雄は幼い頃から病弱であると周囲に認識され、自身も「肺尖カタルにかかった」と繰り返し訴えていました。遺書にも「次は健康で生まれたい」と記すほど、病気への恐怖と劣等感を抱いていたことは確かです。しかし、実際の症状は軽度であり、医師からも生命に直結するような深刻な病状とは判断されていませんでした。
その証拠に、徴兵検査では丙種合格となりました。これは「現状では兵役に耐えられない」とされたものの、有事には徴兵される可能性がある区分であり、絶対的な不合格ではありませんでした。
さらに、犯行当時の睦雄は散弾銃を携行していました。一般的な散弾銃は3〜3.6kg前後の重量があり、弾薬は1発あたり約40g前後。数十発を持ち歩けば2kg以上の重さが加わります。銃本体と弾薬を合わせれば、合計で5〜6kg以上の負荷を背負っていたと考えられます。これに加えて、斧、日本刀(平均で約1kg前後、重いものでは1.5kg程度)、匕首なども携帯し、さらに懐中電灯を二つ頭に付け、ランプまで持っていました。
これだけの重装備で村を歩き回り、約1時間半の間に数十人を襲撃できたという事実は、彼が「病弱で日常生活も困難」という自己認識とは大きく矛盾しています。肺の病気であれば、これほどまでに俊敏に動き回ることは息切れやめまいに襲われ困難だったはずです。
つまり、睦雄は「自分は体が弱い」という思い込みに囚われていただけで、実際には普通に生活できる程度の健康体だったと考えられます。病気への恐怖心と劣等感が、彼の性格を悲観的にし、他責的な思考を強めていった一方で、犯行時にはその思い込みを超えて「恨み」による行動がすべてを支配していたのではないでしょうか。
このため、突発的な犯行ではなく、用意周到に準備したゆがんだ”覚悟の犯行”だったのです。
霊能者の方が本当に睦雄の霊を視ていたかどうかは検証のしようがありませんが、「実際の睦雄は嘘つきで恨みに捕らわれて成仏できず、その場に留まっている」という見方は、彼の半生を振り返ると“あり得る”解釈のひとつだと思います。
視えない私にはそれ以上の考察は不可能ですが、同情の余地があるという人がいるほどの睦雄の生涯であったとしても、もっと広い視野を持っていれば、人を恨んで恨んで人生を終わらせ、成仏もできずに何十年も同じ場所に留まる霊になることはなかったでしょう。
あまりに恨みの念が強く、自分で自分の人生をゆがめてしまった睦雄ですが、どんな理由があろうとも人を殺していいことなどありません。
したがって、他のテロリストと同様に悲惨な最後は、自業自得であると断罪しておきます。
最後に
ここまで事件を追ってみて思うのは、津山事件は小説や映画の題材になるほど劇的な出来事であった一方で、犯人の都井睦雄は決して特別な人間ではなかったということです。自分の人生を恨み、常に「悪いのは自分以外だ」と考える人間は、いつの時代にも現れる可能性があります。
その証拠に、現代の殺人事件にも自己中心的な思考に基づくものが少なくありません。
自分とは関わりのない人々を恨んでの犯行や、社会的弱者を疎ましく思い排除することを正義だと妄想する犯行などが、その典型です。
この事件の被害者人数を塗り替えた京アニ事件も、自分の作品が盗作されたと思い込み、まったく関係のない従業員を襲ったという、あまりに身勝手な犯行でした。
津山事件の背景には、村社会という閉鎖的な空間や戦争を前提とした価値観があり、今とは大きく異なる社会状況がありました。
しかし、ネットが発達し、情報がオープンに語られる現代であっても、自分の周囲だけを世界とみなし、狭い価値観に囚われて「自分がこうなったのは他者のせいだ」と思い込む人間は、決していなくならないのだと思います。
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