前回は、映画エクソシストの主要人物であるダミアン・カラス神父の信仰危機について書きました。今回と次回は、本筋をちょっとお休みして、この映画の元となった事件について書いていこうと思います。
原作の題材となったメリーランド悪魔憑依事件
1973年公開の映画「エクソシスト」は、ウィリアム・ピーター・ブラッティ(William Peter Blatty 1928年1月7日 - 2017年1月12日)という作家であり脚本家が発表した小説を映画化したものです。
脚本もブラッティが担当しました。
小説や映画では、リーガンという幼い少女が悪魔に憑依されるという内容ですが、もともと原作小説の題材となった「メリーランド州悪魔憑依事件」と呼ばれる悪魔憑き事件は、14歳の男の子ローランド・ドー(仮名)が体験した話でした。
これが本当に悪魔憑きなのか、それとも精神疾患なのかは分かりようもありませんが、数か月のエクソシストによる悪魔払いの儀式によって、少年は通常の生活に戻れたというものです。
ローランド・ドー
1949年アメリカ・メリーランド州で事件は起こります。
14歳(一説には13歳)のローランド・ドー(別名ローランド・マンハイム)は、1人息子であり、叔母ハリエットに非常に可愛がられて育ちました。
ローランド・ドーは、1935年にドイツのルーテル派の家族の下に生まれました。
一家は1940年代にアメリカのメリーランド州のコテージシティという小さな町に住んでいました。
特に目立った点もない普通の家庭で、ローランドも特に問題行動を起こしたこともない普通の少年でした。
ローランドの叔母ハリエットが心霊術師であったことから、ウィジャ・ボード(日本でいえばこっくりさんのあの紙をアルファベットにした木で作られた盤にローラーがついた駒みたいなものでその文字を示して言葉にしていく道具)を使った遊びをローランドに教えました。
※ウィジャ・ボードって例えばこんなやつ👇
ローランドは、ハリエットから教わったこのウィジャ・ボードに興味を持ち、自分1人でも遊ぶようになります。
不安の種
1949年1月15日(土)、この日の夜、ローランドの両親は、自宅にローランドと祖母を残して外出しました。
その後から、家の中でなにか水の漏れるような音がすることに気づき、祖母とローランドは家の中の蛇口という蛇口を調べて回りますが、どの蛇口もきちんと閉まっており、水が漏れているようなところはありませんでした。
蛇口を見て回る途中で、ローランドと祖母は壁に掛けてあるキリストの絵が揺れているのを目撃します。
ただ、その時はあまり深刻には受け止めませんでした。
遅くなって両親が帰宅すると、水漏れのような音はピタッと止みました。
しかし、その後は祖母の部屋の壁をひっかくような音や、コツコツと叩くような音がし始めました。祖母の部屋のみならず家の中を調べて回っても、音の正体はまったくわかりませんでした。
それからしばらくしたある日、ローランドを可愛がっていた叔母のハリエットがセント・ルイスで急死します。このことは、ローランドの精神状態に非常に暗い影を落としました。
ポルターガイストの多発
ハリエットの死後、一家は家の中の異常な現象に悩まされることになります。
壁をコツコツと叩くような音が絶えず聞こえ、家具が勝手に動いたり、特にローランドが近くにいる時に花瓶などが飛んだり、物が浮いたりする現象が頻繁に起きるようになりました。また、普通の少年だったローランドの性格が豹変してしまったことも両親には心の痛手となりました。
困惑した両親は、ルーテル派の牧師、ルーサー・マイルズ・シュルツに助けを求めました。シュルツ牧師は、もともと超心理学に興味があり、ローランドを観察するためにドー家に一晩滞在することになりました。
そこで、シュルツ牧師は家庭用品や家具が勝手に飛んだり動いたりする現象を目の当たりにしたのです。ただし、この報告はシュルツ牧師が証拠を提示できなかったことで、超心理学者のジョセフ・バンクス・ラインに「シュルツが無意識に現象の一部を誇張したのではないか」と言われてしまいました。
シュルツ牧師は、自分ではこの現象をどうにもできないと判断し、ローランドの両親にカトリックの司祭に会うよう助言しています。
この助言に従い、ローランドの両親は、カトリックの神父であるレイモンド・J・ボウワー(Raymond J. Bishop)に会いに行き、ポルターガイスト現象と息子ローランドの異変について相談しました。
悪魔祓いの儀式
ドー夫妻の相談に対し、この現象はいわゆる「悪魔憑き」だと確信したボウワー神父は、夫妻に悪魔祓いの儀式(エクソシズム)を行うよう提案しました。
この悪魔祓いというのは、もともとはギリシア語の exorkismosから来ており、カトリックではなくギリシャの異教から発生した言葉で、この言葉は「衷心より真剣に請う、祈る」といった意味で用いられ、その本義は「誰かに向けて厳かに切実に呼びかける」という意味で、特に悪いものに対して言及していたわけではないようです。
巡り巡ってカトリックでは、3世紀頃までには明確に「高位の霊的権威の力を借りて人や物から有害な霊を追い出す儀式」を意味するようになったのでした。
ローランドへの悪魔祓いは、複数回行われています。
ローマカトリックの司祭エドワード・ヒューズは、イエズス会の施設であるジョージタウン大学病院でローランドに悪魔祓いを実施しました。
この時、ローランドは拘束具をつけていましたが、ベッドのスプリングを引っこ抜いて即席の武器を作り、ヒューズ司祭の体に傷をつけています。
この結果、儀式は中断せざるを得なくなり、儀式は失敗に終わりました。
この失敗が原因で、ローランドの症状は酷くなる一方でした。
体にひっかき傷ができ、その傷が「LOUIS」と読めたことで、ドー夫妻はローランドを母親の生まれ故郷であるセント・ルイスに連れて行くことにしました。
旅行が少しでも息子の気分転換になれば良いと思ったからです。
彼らは親戚の家に泊まり、時間を過ごしましたが、その間ローランドのいとこがセント・ルイス大学で司祭でもある人物に連絡をし、司祭はローランドの様子を見るためにもう1人の司祭であるウィリアム・S・ボーダーンと共にローランドの親せきの家を訪れました。
そこで2人は、実際に物が動いたり飛んだりするのを目撃し、ローランドが神聖なものへの嫌悪感を示したたのを見たとされています。
2人の司祭は、ローランドに悪魔祓いの儀式が必要と判断し、以前とは違う儀式が必要だと大司教に儀式を実行する許しを請いました。
次の儀式は、セントルイス南部のアレキシアン・ブラザーズ病院(後にサウス・シティ病院と改称)で行われることになりました。
儀式を実施する前に別の司祭、ウォルター・ハロランが病院の精神科に呼ばれ、ボウダーンの手伝いをするよう頼まれました。また、イエズス会司祭、ウィリアム・ヴァン・ルーも手伝いに来ました。こうして複数の神父によって次なる悪魔祓いの儀式が行われたのです。
この時にハロランは、ローランドの体に「悪」や「地獄」などの言葉や、その他の様々な痕跡が少年の体に現れたと述べたとされています。
何度もの儀式の末、ローランドの体から悪魔は去っていき、その後普通の少年に戻ったローランドは、悪魔に悩まされることもなく育っていきました。
その5に続きます。
