私の子供の頃は、洋菓子といえば不二家とか、近所のスーパーで買えるヤマザキのケーキでした。
ケーキの種類もそこまで多くなくて、イチゴのショートケーキやチーズケーキが一般的で、あとは甘ったるいバタークリームのケーキで、バタークリームを使ったケーキは、可愛いデコレーションの物が多かったのですが、私はあの甘ったるさがまったくダメで、食べるならイチゴのショートケーキかチーズケーキ(焼いてある方)という定番中の定番ばかりでした。
今は、パティシエなどと呼ぶケーキ職人のお店が色々できて、カラフルなケーキがショーケースに並んでいますが、そんなケーキが増えたのは、高校生くらいになってからだった気がします。
私の世代では、知っている洋菓子屋は不二家かヤマザキ(ヤマザキと言ったら、パン屋というイメージで、あまりケーキに有り難味は感じなかったのですが、選択肢がなかったんですよね)、中学生くらいでお菓子のコトブキを知り、バナナオムレットにはまったくらいのシンプルな洋菓子体験でした。
そんな私が高校生になった頃、洋菓子ブームのような感じだったのか、個人のお店もちらほら出来て、ショーケースに並ぶケーキもちょっと洒落た感じの物が多くなっていました。
ただ、やはりまだチェーン店のお菓子屋さんが主だったので、そう目新しいお店は田園都市線沿線にはあまりなかったんです。
ある日、友だちが「ねぇ、○○○駅にモーツアルトって喫茶店が出来たって」という情報を持ってきました。
喫茶店なんて、東京に住んでいる頃に父や叔母さんに連れて行ってもらったルノアールしか知らず、神奈川の地元では名前も忘れた焼きそばからパスタ(その頃はパスタなんて言葉もなくて、スパゲッティでしたけど)、カレーライスまで置いてあるなんでも屋的な喫茶店しか知りません。
「モーツアルト」
ヨーロッパのなんたるかもあまり分かってはいませんでしたが、モーツアルトなら音楽室に肖像画が掛けてありますし、偉大な作曲家ってくらいの乏しい知識ではありますが、まぁ、知ってる有名人(?)ですから、そんな人の名前がついた喫茶店なんて、なんて素敵な響きを持ったお店かしら・・・・、そう思わないではいられなかったわけです。
「行こう!」
喫茶店なんて、学校の帰りに行くのは、オムライスの美味しいお店とかそんな感じだったので、今で言うなら「カフェ」なんて感じのところには入ったことがなく、待ち合わせしてからいざ!・・・と入った時は緊張しましたっけ。
しかも、今と違って当時の内装は結構シンプルな感じだったと思います。
そう、高級感も溢れていました。
ドキドキ。
高校生と言ったって、そんな大人な雰囲気のところに入ったことなどなかったし、ウェイトレスのお姉さんも落ち着いた身のこなしで、「いらっしゃいませ」と笑顔というよりスマイルって感じの微笑みを浮かべながら、私たちを迎えてくれました。
当時のメニューは、白い高級感溢れる縦長の台紙に黒い文字が並んだもので、ゴテゴテと写真入りのでっかいメニューしか見たことのなかった私たちは、そのメニューだけでもうノックアウト。
しかも、お店のイチオシが「ザッハトルテ」って書いてあったんです!!
「・・・・何コレ?」
ええ、もちろん当時の高校生がザッハトルテなんて物を知っているわけがありません。
落ち着いたウェイトレスのお姉さんに聞いてみると、チョコレートケーキで、ウィーンで有名なんだとか。
そして、このお店の一番のお勧めだというのです。
女子高生には、たまらない一言ですよね。
しかし、正確な値段は忘れてしまいましたが、『うわっ、高っ!!』って思うほどの値段で、他では食べられない「ウィーンのお菓子」に惹かれながらも、相当注文するのを悩んだことを覚えています。
でも、「モーツアルト」だし、「イチオシ」だし、そしてどこにあるかも分からないウィーン(地理に疎い私)のお菓子だし・・・ということで、勇気を振り絞ってザッハトルテと紅茶を注文しました。
「あたし、あまりお腹空いてないから」
友だちはそういって、もっと安いのを頼んでいましたっけ。
『ふん!裏切り者め』
なんて思った覚えはありませんが、自分だけが結構なお値段になることが分かって、痛い気持ちにはなりました。
ほどなく運ばれてきたのは、白い小さなお皿に載った、黒といってもいい濃いチョコレート色をしたツヤツヤの丸いケーキで、大きさといえば、森永のエンジェルパイの厚みをダブルにしたくらいの大きな物でした。
「でかいなぁ」
確かに高いだけのことはあって、大きさも結構ありました。
「美味しそう♪」
見たことのないほどの素敵なケーキ。
そして、なんとナイフまで付いてきてるじゃありませんか。
フォークでぶっ刺して食べるお安いケーキとは違うのね・・・もう、期待は膨らみます。
「いただきます♪」
小さなフォークを使ってみたら、「あら、硬い」。
案外、切るのが大変でした。
表面は硬いのですが、中はスポンジだったので、ちょっとホッとした私です。
口に入れた瞬間、とっても濃厚なチョコレートの風味が口に広がりました。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「どう?」
興味津々といった感じで友だちが聞いてきました。
「・・・・・・・・・・・・・・甘い」
「えっ?」
「・・・・・・・・・・・・すっごい甘い」
不思議そうな顔をする友人にもちょっと分けてあげたのですが、彼女の表情もかなり微妙でした。
そう。
不二家のケーキで育った私には、本格的なヨーロッパのチョコ菓子なんて、口に合うわけなかったんですよ。。。
本格的過ぎたんです。
美味しいという感情とは程遠い、残念な気持ちが胸に広がりました。
しかし、そこは貧乏高校生。
お小遣いをはたいて注文したケーキを残すなんてもったいないことは絶対できません。
お喋りをしながら、少しずつ食べました。
「・・・・・・(気持ち悪い)」
ケーキを食べるのに必死で、おしゃべり女子高生のはずが、口数も少なくなり、なんか、罰ゲームみたいでしたね(笑)
しかし、森永のエンジェルパイWの大きさで、そこまでコッテリと甘いお菓子など、とても食べ終えることが出来ず、これ以上食べたら吐くかも!!・・・ってところでギブアップとなりました。
お店を出てから、お腹をずっとさすっていたのを今でも思い出します。
大人になってからモーツアルトには何度も入っています。
たくさんのパティシエの作ったケーキを食べた経験を積んだ後では、本格的なヨーロッパのケーキも美味しいと思えるようになりましたが、この経験がトラウマになって以降○十年、ザッハトルテだけは注文したことがありません。
どうしても、あの時の「もう、無理!!」って感情が甦ってきちゃうんですよね。
死ぬ前にもう一回くらい食べてみようかな。
ザッハトルテって、お好きですか?
【不二家のお話】
私は今でも不二家のさっぱり系のケーキが好きです。
取り立ててすごい特徴はないのですが、みんなが食べられるケーキという点では、貴重なお店だと思います。
ペコちゃんとかポコちゃんとか、キャラクターも可愛いですしね。
この不二家、確かに子供の頃からあって、いったいどのくらい前からあるのかしら?と気になってウェブサイトを見てみたら、なんと創業は1910年(明治43年) 11月ですって!!
もう、100年以上前からやってるんですねぇ。
不二家といえば、ミルキーの千歳飴も大好きです。