「なんだぁ~つまんない」
「何が?」
「薔薇の花びらのお風呂が見たかったのに」
「あじゃみんさん、嫌だっていったじゃない!」
「私は入りたくないけど、こまりんさん入るでしょ?どんなもんか見物したかったのよ」
「バスタブに薔薇の花びらが浮かんでるだけだってば」
「だからぁ、どんな風に浮かんでるとか、薔薇の香りはするのかなぁ~とか、
それにバトラーがどんな顔して薔薇の花びらをお湯にぶち込むのかとか見たいじゃん」
「ぶち込む?」
「あら、ちょっと下品だったかしら、ごめんなすゎ~い」
「飛行機でワイン飲みすぎじゃないの?」
「あら~、どうして分かったのぉ~。機内のワインにしちゃ、あれ美味しかったわ。
さすがワイン祭って銘打ってるだけあったわ。あ~、なんか気持ちいい~♪
ババンババンバンバン♪ビバノンノン♪キャッハッハ#」
「トシがばれるわよ。まったく何をしに来たんでしたっけねぇ」
「・・・うふふふ。何だったっけぇ~。ケケケ#」
「ダメだこりゃ」
ベッドの上で大の字になってケタケタ笑っている美和子を横目に駒子はスーツケースから荷物を取り出して整理していた。
ここは、リージェントホテルの1305室。
宿泊しようと思っていたセントレジスは、手配をした愛子によると「なんちゃらってホテルのイベントがあって、5日間は満室」と言われ、仕方なく近くで気に入っているリージェントホテルを取ったのだ。
JALのビジネスクラスに乗ったのだが、欧州ワイン祭と銘打ったイベントの最中で、珍しいワインが何種類も用意されていたため、ワイン好きの美和子は「あっ、じゃぁ、こっちも飲んじゃおうかなぁ」と笑顔のフライトアテンダントに勧められるがままに飲みまくった。
駒子はワインよりもスピリッツ系のお酒が好きなので、いつものジンを飲んでいたのだが、「ちょっと大丈夫?」と心配で声を掛けても、既に上機嫌だった美和子には通用せず、ディナーのビーフシチューと共に、グラスで次々にワインを飲んでいたのだった。
「お風呂先入るよ~?」
一応声を掛けてみたが、さっきまで笑っていた美和子は案の定高いびきで、駒子の声などではびくともしないのだった。
「私も早く寝るかな」
独り言を言いながら、駒子は薔薇とは無縁のバスルームに向かった。
「なんだか変な空」
翌朝目覚めてカーテンを開けてみると、雨が降るという予報はなかったが、黒い雲が太陽を覆っていた。
墨を落としたような、なんとも不気味な色だった。
「イテテテ」
声がしたので振り向くと、美和子が頭を抑えながら起き上がろうとしていた。
「そりゃー、あれだけ飲めば二日酔いにもなるわよねぇ」
「・・・・・・・・・・・・・」
「薬あるけど飲む?」
「さすが酒飲み!二日酔いの薬を持ってるなんて最高」
「ただの頭痛薬です」
「なんでもいいから、早く頂戴」
「はいはい」
バッグから薬入れを取り出し、頭痛薬を美和子に渡した。
「助けて・・・」
「きゃあ!!」
「!?なっ、なに????痛い!こまりんさん、痛いから手を離して!」
「えっ?・・・ああ、ごめん」
美和子の声に気づくと、駒子はなぜか彼女の手を強く握っていた。
「・・・・いったいどうしたの?」
『・・・・・・・・・なんだろう、今の目』
美和子に触った途端、フラッシュバッグのように女性のふたつの目が駒子の脳裏に浮かんだ。
なんだか、血が流れた跡のようなものも見えた。
『あれは・・・事務所で見た女性の目かしら』
美和子が訪ねてきた時、一瞬、肩までの髪の女性が脳裏に浮かんだのだが、持っていた紙が火の気もないのに燃えたりして気を取られ、その顔を記憶に留めておくことができなかった。
『でも、きっと彼女だわ。やっぱり、彼女の死にはシンガポールが関わっているのかも』
「・・・・りんさん?」
「・・・まりんさんてば」
「蓬莱駒子!!」
「?!・・・・なっ、何よ、そんな大声で。びっくりするじゃない」
「ごめん。でも、ずっと下を向いて黙ってるんだもん」
「え?そうだった?」
「・・・何かあったの?っていうか、何か見えたんでしょ?」
「えっ、ううん・・・いやあのぉ」
「見えたんだ」
「まぁね」
「何が?」
「・・・・まだ言えない」
「何よぉ~、お互い協力しなくちゃ、先に進まないじゃない」
わざと膨れる美和子に
「大丈夫、ちゃんと進んでるから」
そういって駒子は微笑んだ。
「Monster will kill herって、今から起こることじゃないんだわ」
「えっ?どういう意味」
「・・・・・・ううん、ちょっとね。とにかく高井氏に会いましょう。話はそれからよ」
「分かった。でも、闇雲に探したって分からないと思うけど」
「今、私何て言った?」
「えっ、高井さんを探すんでしょ?」
「探すんじゃなくて、会いましょうって言ったのよ」
「何が違うのよ?」
「言葉が違うわ」
「ちょっと!」
「探さなくても、向こうからやってくるわよ」
「はぁ?」
ピンポ~ン♪
「ギャッ!」
絶妙なタイミングで鳴ったドアベルに美和子は飛び上がった。
「・・・・・嫌だ。ここってカードキーないと上がれないもんね。もう掃除かしら?」
黙っている駒子を残して、美和子はドアへ駆け寄った。
「イタタタ、あんまりびっくりして頭痛いの忘れてたわ」
ピンポ~ン♪
「イエェ~ス、カミーーーーン」
大声で答えて、ドアを開いた。
「プリーズ、カムバック レイター・・・・ぁぁぁぁあぁ???」
ドアを開けた美和子の前に、見覚えのある顔があった。
「やぁ、おはよう」
「たっ、高井さん!?な・・・なんで?」
駒子の方を振り向いて、訳が分からないというジェスチャーをしてみたが、駒子はこの展開が当然のことと思っていたのか、驚いた顔もせず、こちらを見ていた。
「脅かしてすまない。下で朝食でもどう?」
美和子の動揺など気にも掛けない軽い口調で、数日前に美和子の前から消えたはずの高井道隆はそう言った。
原因は往々にして、複雑なようで単純なものです。
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