「という訳で、その時はまだ具体的な話はなくて、亡くなった妹さんと話がしたいから駒子さんに頼んでくれってことで終わってたの」
蓬莱探偵事務所のヨーロッパ風のゴージャスなソファに座って、美和子は長い話を一旦終わらせた。
「ふーん。でも、結局詳しい理由は聞けなかったんでしょ?」
コーヒーカップをテーブルに置きながら、駒子が聞いた。
「そうなのよ。その時はお腹もいっぱいだったし、昔話だの近況報告だのでお喋りしっぱなしって感じだったから、翌日改めて話をしようってことで、時間と待ち合わせ場所まで決めたのに」
「来なかったわけね」
「うん・・・ていうか、来なかったどころじゃなくて、いなくなっちゃったのよ」
「妹は事故死して、兄は忽然と姿を消した・・・なんか、懐かしの火サスっぽい展開だわね」
「2時間ドラマにもあるわ、そういうの」
「確かに」
ふふふ・・・と笑ってから、「不謹慎だわね」と駒子は咳払いをした。
「そうね、これは2時間ドラマじゃないんだから。あ、コーヒー貰っていい?」
「いいわよ。ラブちゃーーん、コーヒーおかわり」
「はぁ~い♪少々お待ちくださいませぇ~♪」
今までの話で出来た暗い雰囲気には不釣合いの愛子の甲高い声が響いてきた。
「・・・・・・」
「なに?」
「いや、まだ慣れないわ」
「慣れたらきっと気に入るわよ、ふふ」
「・・・・・・・・」
ほどなく、愛子が淹れたてのコーヒーを持って入ってきた。
「お待たせいたしました、お客様」
案外てきぱきと持ってきたカップを空いた物と置き換えるところを見て、美和子は確かに見た目だけでは判断できない愛子の能力を感じた。
「ありがとう、愛子ちゃん」
美和子がお礼を言うと、「いやだぁ、お客様、ラブちゃんて呼んでくださいね!」
と、足を折り曲げて挨拶をして出て行った。
「・・・・・・・やっぱり無理」
「まぁまぁ」
駒子は笑ってコーヒーをすすった。
「でもさ、この紙に書いてある“Monster will kill her”って、だれかわからないけど、彼女、つまり女性を殺すって意味じゃない?」
「まぁ、そうね」
「ということは、消えた高井さんのことではないってことは言えるわよね」
「うーん、確かに・・・ていうか、殺されちゃったら困るわ」
「そうね・・・・キャ!」
駒子が再度その紙に触ると、フラッシュバックのように脳裏に恐怖に目を見開いた女性の顔が一瞬映し出された。
肩までの髪の目の大きな女性だった。
「どっ、どうしたの?」
「・・・・・・誰だろう」
「何が?・・・・あっ、こまりんさん、危ない!」
駒子が手に持った紙切れに火がついて、見る見る炎が大きくなっていた。
「やだ、なにこれ」
急いで目の前にあったコーヒーカップの中に燃えた紙を入れると、一瞬「ジュッ」っと小さな音がして火は消えた。
「火の気なんてないのに」
「・・・・・・・・・よっぽど、調べて欲しくないわけね」
「何かの恨みとか?」
「さぁ~ねぇ、こんな情報じゃ、何も分からないわ」
「確かにね」
「とりあえず、調べてみるか。まずは高井さんの妹のことから」
「でも、高井さんがいなくなっちゃったのに、どうやって?」
「何言ってるのよ、私は探偵なのよ」
「・・・・・・・・だけど、普通の探偵じゃないじゃない」
「探偵に普通も何もないでしょ。調べるのは同じよ」
「そうかなぁ~。こまりんさんの人探しって、生きた人じゃなくて、死んだ人じゃない」
「生きてたって死んでたって、人に変わりないでしょ」
「・・・いいの、そんな大層なこと言っちゃって」
「私の能力を見くびらないで頂戴」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「それに」
「・・・・なに?」
「高井さんの妹さんて、もう亡くなってるんでしょ」
「そうだけど・・・・あっ、そうか」
「だったら、やっぱり私の出番じゃない」
「・・・・よろしくお願いします」
「おし!、じゃあ、早速行く?」
「えっ?!どこに?」
「シンガポールに決まってるじゃない」
「えっ、なんで?」
「高井さんに会いによ」
「・・・・だっ、だって高井さんはいないって」
「いるわよ、まだ」
「うそぉ~」
「私には見えるの、命の存在が。生きていても死んでいても声を聞くことはできる」
「・・・絶対ウソだね、死者専門のくせに」
「ラブちゃーん、シンガポールに行くから、航空券とホテルの手配お願い。私と彼女の二人分ね」
美和子の言葉は無視して、駒子は奥にいる愛子に声を掛けた。
「はぁ~い、先生💛お任せくださいませぇ~♪」
「えっ!?私も行くの?」
「でっ、でも、依頼人て普通探偵と一緒に捜索なんてしないでしょー。それに帰ってきたばかりよ私」
「まぁ、いいじゃないの。どうせフリーの仕事なんだし、どこでもできるでしょ、デザインの仕事なんて」
「PC持って歩くの大変なのに」
「ビジネスクラス奮発するから」
「・・・・・・・えっ?マジ?」
「ふふふ、そうくると思った。今回は、面白そうだから料金ゼロで引き受けるわ。経費は私持ち」
「やったぁ~♪ホテルはどこ?」
「それはもちろん、セントレジスよ」
「くぅ~!・・・あっ、でもバトラーとか私には構わないでって言ってね」
「どうしてー、何でもやってくれるわよ」
「嫌いなのよ、誰かに自分の物触られるのが」
「変なとこ、潔癖なのねぇ。。。」
「あっ、それから」
「まだなんかあるの?」
「お風呂にバラの花びらはいらないから」
「はっはっはっ#」
「湯船にバラの花びら浮かべられたら、邪魔くさくてしょうがないわ」
「はいはい、私の専属バトラーってことにするから」
「おっしゃー💛」
既に部屋の中を歩き回って、必要な道具などを集め始めた駒子。
美和子は相変わらずサロンのような部屋の真ん中で、ソファに座ったまま駒子の行動を見ていた。
『探偵ったって、死んだ人を探すのが専門だなんて、普通信じないわよねー』
忙しく動き回っている駒子を見ながら、美和子はちょっとため息をついた。
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